日本のデジタル医療市場は成長を続けています。世界に目を向ければ、さらに巨大な市場が広がっています。では、国産のデジタル医療製品にはどのようなものがあり、世界的に見て、どの程度の実力なのでしょうか。それを最もよく知る人物の1人が、東京慈恵会医科大学の髙尾洋之医師です。数々の医療用製品の開発をけん引し、デジタル医療分野のリーダーとして活躍しています。そんな髙尾医師が執筆した、デジタル医療の最前線を知るのにふさわしい1冊、『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』から、抜粋してお届けします。(技術メディアユニットクロスメディア編集部)
新型コロナウイルスの脅威が日本を襲ってから足掛け3年がたちます。感染症を収束させる要諦は「適切な治療」のほかに、「感染者と接触しないこと」「感染者も(ウイルスが体内から排出されなくなるまで)外部と接触しないこと」です。昔も今もこれしかありません。そしてこれは、感染症を収めるために、結果的にほかの病気治療のための通院も減ることを意味します。つまりコロナ禍において日本の医療は、コロナ治療だけでなく「対面診療という接触機会が減っても、医療の質をいかに下げないか」という課題を突きつけられたといえるでしょう。
実際、2020年の3月下旬から始まったいわゆる第1波で最初の緊急事態宣言が出された際、人と人との接触機会を「最低7割、極力8割削減する」目標が掲げられたこともあって、医療機関に通院する人が激減する「診療控え」が起こりました。通常診療だけではなく定期健診やがん検診などの検診を受ける人も減り、病院に行かないことにより持病が悪化するなどのリスクが現実に高まったのです。
コロナ禍の時限的措置として始まったオンライン診療
政府はこうした診療機会が激減することによる健康被害を防ぐため、2020年4月に、極めて限定的にしか認めていなかった「オンライン診療における初診」の時限的解禁を認めました。医療機関に行かなくても診察を受けられるオンライン診療は、こうした緊急事態においては最適な打ち手のはずでしたが、「医療の質を下げない」ことに貢献できたのでしょうか。時限的措置の開始から1年半を経過しましたので、これまで公表された統計などから評価を試みたいと思います。
厚生労働省にはオンライン診療に関する適切なあり方や、指針の改定などを議論する検討会が常設されていて、時限的措置が始まってから、オンライン診療がどのように実施されているのかを定期的に調査し、結果を公表しています。
現在確認できる最新の調査・統計(2021年6月まで)を見ますと、時限的措置に対応して初診からも含めたオンライン診療に対応できる医療機関は、全医療機関の15.0%です(図1)。時限的措置が始まった直後は大きく伸びましたがすぐ頭打ちになり、始まる前と最新の統計値の差を取ると、伸び幅は1年あまりで5.3%です。元が9.7%しかありませんでしたので、順調に増えている、とはとても言えないと思います。
また、初診でオンライン診療を行った件数については、感染状況が深刻化していた2020年5月、2021年1月~2月には1万件近くまで上昇したものの、それ以外の時期は多くても8000件を上回ることはなく、おおむね5000~7000の間を行き来している状態でした(図2)。しかもその半数は「電話診療」でした。
このように客観的な数字を見ると、残念ながらオンライン診療はコロナ禍の「診療控え」に対応できたとは言いがたい結果となっています。
オンライン診療の「真価」を見極めた環境整備を
この結果は非常に残念ですが、この結果をもって「オンライン診療に価値はない」と断ずるのは早計だと思います。まず、現在のオンライン診療は診療報酬に直結する点数が低く制度が実情に合っていません。時限的措置で対面診療の代替手段として規制緩和されましたが、第5波になるまで対面診療より点数の評価が低いまま(現在はさらに一時的に上乗せされている)でした。
さらに、オンライン診療を実施するには新たな機器も必要ですし、通信回線を増強する必要が出てくる場合もありますが、そうした設備を整えることに関して事実上何のサポートもない状態です。新たな設備が要らない電話診療が多かったことも含め、ある意味当然の結果だったとも言えます。
日本の医療は国民皆保険制度で、国民全体に対して広く医療サービスを提供することが使命になっていますので、オンライン診療の通信費は、電波法が定める電波利用料の減免対象に含めることができると考えています。こうした法制上の後押しがあれば、通信会社も医療機関に対し通信設備や通信料を安く提供でき、オンライン診療の費用削減に寄与できるのではないでしょうか。
また、コロナ禍で医師も患者も移動が制限されるなか、ただでさえ適切な診療を受けづらく、提供しづらい環境にある難病や希少疾患に対する手当てがなされていなかったことも指摘しておかなければならないでしょう。第4波や第5波で多くの新型コロナの重症患者が集中治療室(ICU)に収容されていた時、ICUの専門医が恒常的に不足していたため、一部のベンチャー企業がICUに詰める医師を含む医療従事者を遠隔で支援する取り組みを行って効果を上げていましたが、これは自治体も含めた臨時の予算で実施できたものでした。新型コロナに対してだけではなく、パンデミックにおいても通常医療の質を下げないという意味で、難病や希少疾患に対する同様のソリューションへの支援があってしかるべきだったと思います。
筆者が開発に携わった医療用アプリ「Join」には、オンライン診療の課題解決に応用できる機能があります。例えば、ほとんど遅滞のないライブ中継機能や、様々な分野のAI(人工知能)を利用できるようにする機能などです。こうしたデジタルならではの支援機能が充実して初めて、オンライン診療はその真価を発揮するともいえます。遠隔でのICU支援などのデジタル技術を活用した取り組みが効果を上げた一方で、現在のオンライン診療がコロナ禍の診療控えの代替として機能しなかったことは、むしろそうした「本来のオンライン診療のあり方の必要性」を浮き彫りにしたのではないでしょうか。
日本のデジタル医療市場は成長を続けています。世界に目を向ければ、さらに巨大な市場が広がっています。では、国産のデジタル医療製品にはどのようなものがあり、世界的に見て、どの程度の実力なのでしょうか。本書の著者は、それを最もよく知る人物の1人です。東京慈恵会医科大学の医師として数々の医療用製品の開発をけん引し、デジタル医療分野のリーダーとして活躍しています。
そんな筆者を、2018年、末梢(まっしょう)神経が侵される「ギラン・バレー症候群」が襲います。4カ月の間意識を失っていましたが、今は徐々に回復してきています。筆者は今もベッドの上で活動を続け、ITツールを駆使してその成果をまとめています。本書はその一環です。日本の医療のために今も奮闘を続ける筆者のエネルギーを感じ取ってもらいたい。本書は、デジタル医療の最前線を知るのにふさわしい1冊です。