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 日本のデジタル医療市場は成長を続けています。世界に目を向ければ、さらに巨大な市場が広がっています。では、国産のデジタル医療製品にはどのようなものがあり、世界的に見て、どの程度の実力なのでしょうか。それを最もよく知る人物の1人が、東京慈恵会医科大学の髙尾洋之医師です。数々の医療用製品の開発をけん引し、デジタル医療分野のリーダーとして活躍しています。そんな髙尾医師が執筆した、デジタル医療の最前線を知るのにふさわしい1冊、『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』から、抜粋してお届けします。(技術メディアユニットクロスメディア編集部)

 感染症を収束させる要諦は「適切な治療」のほかに、「感染者と接触しないこと」「感染者も(ウイルスが体内から排出されなくなるまで)外部と接触しないこと」です。今回のコロナ禍において、後者の「感染者と接触しないこと」「感染者も外部と接触しないこと」に、デジタル医療はどのように貢献できているのでしょうか。あまり知られていないと思いますので、ここで紹介したいと思います。

 筆者が開発に携わった医療用アプリ「MySOS」は、2020年5月から政府の施策に組み込まれ、大きな役割を果たしています。MySOSには、入国者の入国後の隔離をマネジメントする機能や、ワクチン接種が完了した人(または検査で陰性の人)の行動規制を緩和する「ワクチン・検査パッケージ」を下支えする機能が追加されています。それぞれ紹介しましょう。

スマートフォンの機能をフル活用し、隔離措置をサポート

 新型コロナの水際対策として新たに設置された厚生労働省の「入国者健康確認センター」は、すべての入国者に対し自宅や指定施設での一定期間の待機を求めています。これを確実に実施してもらうため、期間中の健康状態と、居場所の報告をしてもらうことになっています。ただ水際対策強化中で入国者を制限しているといっても、今も毎日2000~3000人が日本に入国していますので、隔離期間を考え合わせれば、入国者健康確認センターの職員は計算上毎日3万~4万人にコンタクトを取らなければいけないことになります。これはとても通常のやり方で処理できる数ではありません。

 そこで、「MySOS」にこの業務を支援する機能を追加実装し、活用しています。具体的には、日々の健康状態の報告・確認にはテキストやビデオチャット機能を使ってもらうとともに、最も大事な業務である「入国者の居場所確認」に、位置情報取得機能とビデオ通話の自動発信機能、ビデオ通話中の背景映像を解析しきちんと部屋の中にいるかどうかを判定するAIを組み合わせたソリューションを提供したのです。

 この機能では、入国者に毎日ビデオ通話を自動で発信し、着信すると入国者に顔を一定時間一定の場所に映るようにするよう求め、その画像を解析し自動で切断します。つまりまったく人手がかからず、入国者が適切に隔離を継続してくれていることを確認できるようになったのです(図1)。

図3 新型コロナウイルス対応で使われている「MySOS」
図3 新型コロナウイルス対応で使われている「MySOS」
(出所:アルム)
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 さらにこのシステムは、1日約3万人以上に自動で発信できる能力を確保していますので、入国者健康確認センターの職員は、「入国者の状態確認のために電話をかけ続ける」という作業からほぼ完全に解放され、管理に専念できることになったのです。それに加えて、これらの機能は入国者に限定して提供し、待機期間が過ぎると利用できなくなる仕様としました。入国者にとっても、感染対策とはいえ自分のスマートフォンにいつまでも自分の位置情報を把握される機能が入ったままでは好ましくありませんし、倫理上も非常に問題があります。自動で利用できなくなるようにすることで、それらの懸念を解消するとともに、管理側の手間も大幅に削減したのです。

ワクチン・検査パッケージをサポートする「MyPass」

 「MySOS」にはそれだけでなく、政府が感染拡大期でも、ワクチン接種を完了した人、および直近の検査で陰性になった人が行動でき、経済を回す一助となるための施策「ワクチン・検査パッケージ」の実現を支援する機能「MyPass」も実装しました。

 「ワクチン・検査パッケージ」では、行動制限解除の条件として、ワクチン接種証明だけでなく、PCR検査、抗原検査の陰性結果の提示も含まれています。またワクチン接種が完了していても感染する「ブレイクスルー感染」や、各種検査を受けた後に体調変化が現れることももちろんあり得ますので、直近の体温や体調を並行してイベント主催者などに伝える必要も場合によっては出てきます。

 MySOSは、もともと体温を記録する機能や、テキストで体調などを記録する機能、画像読み込みやQRコード読み込みで各種検査結果などを取り込める機能を持っています。これらを応用し、多様な検査結果、証明書をスムーズに表示できる画面上のインターフェースを新たに「MyPass」としてまとめました。この機能なら、ワクチン接種を完了している人、PCR検査を受けた人、抗原検査を受けた人すべてに対応できます(図2)。

図4 コロナ対応で活用している「MyPass」
図4 コロナ対応で活用している「MyPass」
(出所:アルム)
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 2021年の話になりますが、千葉県で開催された大規模イベントで国が実施した実証実験にMySOSが使われ、その有効性が実証されています(図3)。この実証実験では、実際に対象イベントへ参加する人の中から希望者を募り、ワクチン接種証明書、PCR検査、抗原検査の陰性結果を持って入場するグループをそれぞれ組織し、MyPassを使って入場していただき、会場スタッフが実際に結果を確認でき、陰性だった場合、陽性だった場合のオペレーションに問題が生じないか、などを確かめています。

図5 大規模イベントでの実証実験
図5 大規模イベントでの実証実験
スマートフォンを通して、ワクチンを打った履歴や濃厚接触者を位置情報で教えてくれ、イベントに参加する際にスマートフォンを持っていれば位置情報やワクチン履歴情報や抗原検査の履歴を入れておくことで、安全にイベントに参加できる。(イラスト:脇令)
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 実証実験では、検査結果を持って入場するグループには検査キットを前もって送付し、自身で検査がきちんとできていることの確認を行いました。抗原検査に関しては、ユースケースとしてビデオ通話でアドバイザーが目視するなかで検査してもらい、身分証明とともに検査結果を提示してもらうフローも実験しています(図4)。

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図6 コロナ禍の大規模イベントにおける実証実験(上)と抗原検査をしている場面(下)
図6 コロナ禍の大規模イベントにおける実証実験(上)と抗原検査をしている場面(下)
(出所:アルム)
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 単にアプリとして証明書の表示をするだけではなく、実際にイベントスタッフの方々が使ってみて問題が生じないか、といったところも実証実験で確認しています。執筆時点では、まだコロナ禍が収束したとは言えない状況ですが、再び感染の波がやってきたとしても今後は簡単に全面的な行動制限は行わず「ワクチン・検査パッケージ」を活用して経済を回していくことになると思います。そのとき、すでに実運用に近いところまで検証ができている「MyPass」は、大きく役立ってくれることでしょう。

『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』
『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』
『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』
著者●髙尾洋之/定価●1760円(10%税込み)/発行●日経BP/判型●四六判264ページ/発行日●2022年3月28日/ISBN978-4-296-10006-4

 日本のデジタル医療市場は成長を続けています。世界に目を向ければ、さらに巨大な市場が広がっています。では、国産のデジタル医療製品にはどのようなものがあり、世界的に見て、どの程度の実力なのでしょうか。本書の著者は、それを最もよく知る人物の1人です。東京慈恵会医科大学の医師として数々の医療用製品の開発をけん引し、デジタル医療分野のリーダーとして活躍しています。

 そんな筆者を、2018年、末梢(まっしょう)神経が侵される「ギラン・バレー症候群」が襲います。4カ月の間意識を失っていましたが、今は徐々に回復してきています。筆者は今もベッドの上で活動を続け、ITツールを駆使してその成果をまとめています。本書はその一環です。日本の医療のために今も奮闘を続ける筆者のエネルギーを感じ取ってもらいたい。本書は、デジタル医療の最前線を知るのにふさわしい1冊です。