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 書籍『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』は、デジタル医療の最前線を知るのにふさわしい1冊です。この書籍の筆者である髙尾洋之医師は、ギラン・バレー症候群に冒され、今も闘病中です。4カ月の間意識不明の状態が続き、徐々に回復していますが、今もリハビリが続いています。この書籍は髙尾先生の考えですが、執筆協力者なしには実現しませんでした。そこで今回、本書の執筆協力者を務めた河田氏にご寄稿いただきました。(技術メディアユニットクロスメディア編集部)

 まずこの記事を読み始めた読者に知らせなければならないことがあります。私は、書籍『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』に少なからず関わっています。この書籍の著者である髙尾洋之医師はギラン・バレー症候群の患者であり、現在徐々に回復傾向であるものの、まだ一般の方と同じようなスピードで自ら筆を進めることは難しい状態です。以前、取材で数回お会いしたことがあり、それを縁と感じていただいたようで、書籍の執筆協力者に加えていただきました。

 書籍執筆の実際の作業は、コロナ禍もあり対面でお会いすることはなく、リモートでつなげて「口述筆記」のかたちをとりました。聞き取りしたものをテキストに起こしてメールで送り、髙尾医師に確認してもらうというプロセスを繰り返しながら、「執筆」をお手伝いしました。書き起こしたあと、類似した内容をまとめたり、前後関係を整理するため個々の内容の順番を変更したりはしたものの、基本的には髙尾医師が発言した内容をそのまま原稿化しています。

 そのような経緯があるので、内容について語るのはどうしても手前味噌になってしまいます。そこで本稿では、書籍の内容についてはあまり触れず、執筆中の髙尾医師の様子や、それ以前に取材した際の姿からの変化などについて触れることで、この書籍の「立ち位置」について語りたいと思います。

 私が髙尾医師と初めて会ったのは、まだ自分のメディアを立ち上げる前、一介のライターとして取材した2016年の春ごろでした。現在、髙尾先生の所属先である「先端医療情報技術研究部」が、まだ「講座」として発足したばかりの頃です。発足直後ということもあり、初めての来訪にもかかわらず、今後の展望について、予定時間を越えても熱っぽく語り続けてくださったことを覚えています。

 現在までにこの講座から医療用のプロダクトがいくつも生まれ、そのうちの1つは保険適用にまでなっていますが、当時から髙尾医師の中では、それぞれの取り組みのほぼ明確なロードマップがすでにできていました。デジタル技術の医療応用について、これほど多くの取り組みを同時並行でパートナーと進めている臨床家は当時いませんでした。今もそうだろうと思います。髙尾医師は当時から間違いなく、日本の医療DX(デジタルトランスフォーメーション)をけん引する稀有(けう)なビジョナリーだったのです。

 しかしその歩みは、ギラン・バレー症候群の発症によって止められてしまいます。

 私は書籍の執筆サポートを承諾したものの、正直言って最初はどのようなかたちで関わってよいのか、彼の意思をしっかり聞き取り書き起こせるのか、髙尾医師が病を得てもなお、どのようなビジョンを持ち続けているのか、不安しかありませんでした。

 しかしそんなものはただの邪推でしかありませんでした。髙尾医師はそうした私の馬鹿げた思考のはるか上を行く視座を持っていました。臨床家であることを断念せざるを得なくなっていましたが、思いがけず、患者、そしていわゆる障がい者としての視点も得て、「医師、患者、障がい者の視点を同時にすべて持つ」という、医療福祉分野において不可欠な視点である「当事者性」、ヒューマンセンタードの思考を体現する存在に「昇華」したのです。

 そうした立場から生まれた論考や構想がこの書籍で披瀝(ひれき)されているわけで、このような重層的な視点から語られる内容は、それ自体が唯一無二ともいえるものです。例えば、患者として仲間である医療従事者に厳しい言葉を連ねているほか、障がい者向けのICTソリューションに対して、使ってみた実感から忌憚(きたん)のない批判を行っています。同時に仲間のことを思い医療従事者の働き方改革を直言し、さらに医療ICTの専門家として、国のデータヘルス改革の「その先」まで見据えています。

 その内容に対する評価は読者に任せるとして、1つだけ確実に言えるのは、デジタル技術の医療・福祉分野への応用について、ほぼすべての立場で、その体で体験した経験から評論を行える人は髙尾医師しかいないということです。我々には決して到達できない立場であり、少なくともその意味でこの書籍には一読の価値はあると言えます。

『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』
『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』
『患者+医師だからこそ見えた デジタル医療 現在の実力と未来』
著者●髙尾洋之/定価●1760円(10%税込み)/発行●日経BP/判型●四六判264ページ/発行日●2022年3月28日/ISBN978-4-296-10006-4

 日本のデジタル医療市場は成長を続けています。世界に目を向ければ、さらに巨大な市場が広がっています。では、国産のデジタル医療製品にはどのようなものがあり、世界的に見て、どの程度の実力なのでしょうか。本書の著者は、それを最もよく知る人物の1人です。東京慈恵会医科大学の医師として数々の医療用製品の開発をけん引し、デジタル医療分野のリーダーとして活躍しています。

 そんな筆者を、2018年、末梢(まっしょう)神経が冒される「ギラン・バレー症候群」が襲います。4カ月の間意識を失っていましたが、今は徐々に回復してきています。筆者は今もベッドの上で活動を続け、ITツールを駆使してその成果をまとめています。本書はその一環です。日本の医療のために今も奮闘を続ける筆者のエネルギーを感じ取ってもらいたい。本書は、デジタル医療の最前線を知るのにふさわしい1冊です。