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 かつて、経営危機に陥ったいすゞ自動車は部品の種類数を100万点から30万点に激減させて、抜本的なコスト削減を実現し、見事再建を果たした。そのときの部品数削減活動の陣頭指揮を執った伝説の技術者・佐藤嘉彦氏が、経営者や管理者、技術者向けに『部品数マネジメントの教科書』を書き下ろした。

 本連載では、佐藤氏が開発した比較分析法「テアダウン(Tear Down)」を現場で実践しながら、長年交流を深めてきた盟友であるKSバリューコンサルティングの坂本幸一氏が、やはり現役時代に大なたを振るった部品数削減活動の体験談を明かす。第4回は、部品数削減活動のきっかけとなった、ワンマン社長の無理難題を紹介する。(技術プロダクツユニットクロスメディア編集部)

 筆者は、米国VE(バリュー・エンジニアリング)協会認定の国際資格「CVS(Certified Value Specialist)」を持ち、所属した産業車両・建設車両メーカーでは資格を生かし、当時はVE推進部長として働いていました。そんなとき、親会社から新しく超ど級のワンマン社長が赴任。新社長はほどなく、工場の設計部門に対して「部品点数が多すぎる。削減しろ」と号令を掛けました。

 関東と関西にある2つの工場の設計部長は相談のうえ、「現状はモデル間にまたがる共通化を積極的に進めるなど、部品点数はベストな状態にある」という趣旨の回答をしたところ、2人の設計部長は即刻同ポストから外されました。そして、新社長は役員会議の席上、「今から30分で、両工場に『部品共通化推進室』を組織せよ」と命を下したのです。

 関東の工場の部品共通化推進室長に指名されたのが、何を隠そう筆者です。同推進室は2年間という時間を区切られた時限立法的組織で、与えられたスタッフは全員面識のない若者5人。辞令を受けた翌日の午後一番に、それまで勤務していた大阪の本社から関東の工場に異動し、会議室に集められていた5人のスタッフと顔を合わせました。筆者は、事前に人事部門を訪ねて5人の人事カードを見せてもらっていたので、「設計から来られた〇〇さんですね。よろしく」などと、一人ひとりと握手をして回りました。

 ところで、なぜ、筆者がこの大役に抜てきされたのか――。それをひもとくには、数週間前に遡らねばなりません。

これからやることは、まさしくVEである

 新社長が大阪本社を訪れ、各部門のスタッフと面談をしました。このとき技術管理部門でVE推進部長を務めていた筆者は、「VE? 一体、何をやっているんだ。VEなんてやめちまえ。今後、VEという言葉も使うな」と、なぜか一瞬で解任に。いわゆる「売り」に出された状態だった筆者が、関東の工場長に部品共通化推進室長として「買われた」のです。話を戻しましょう。

 新設された部品共通化推進室で5人のスタッフを前にした筆者は、新社長の言葉を胸の奥底へとしまい込み、「これからやることは、まさしくVEである」と宣言したのです。

 スタッフにはまず、VEの基礎を説きました。そして、「部品共通化」「部品数削減」という役目から連想される活動趣旨、活動作戦、アイデアをカード化し、部品共通化・部品数削減の機能系統図を作ることからスタート。それぞれの活動に対して楽しくなるような作戦名をつけ、優先順位を判断しながら半年ごとの4期間(2年間)にわたるアクションプランを立てました。