「買わない人=未顧客」を理解する初めての教科書『“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』(2022年6月、日経BP発行)。経験豊富なマーケティングサイエンティストであるコレクシアの芹澤連氏が様々なエビデンスに基づいた未顧客理解の原理原則と、日々のマーケティング実務で実践できるフレームワークを、マンガと図表で詳しく解説した書籍です。「未顧客理解」のエッセンスをお届けしている本連載。今回はマーケティングの王道である「セグメンテーション」の弊害を未顧客理解の視点で解剖します。(技術プロダクツユニットクロスメディア編集部)
コトラーらは、すべてのマーケティング戦略の基本はSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)であると述べています[1]。実際、マーケティングと言えばSTPというほど王道のアプローチですが、本当にSTPは効果的なのか、そういうデータやエビデンスがあるのか、ちゃんと調べてみたことはありますか?
ブランドを買わない人や興味のない人(未顧客)を理解して市場拡大する際には、従来の理論やこれまで慣例的に採用されてきたアプローチが通用しない、むしろ逆効果な場面も多々あります。実は、STPもその1つです。常にSTPで考えればよいわけではなく、また、必ずS→T→Pの順で考えなければいけないわけでもありません。
本連載では繰り返し伝えていることですが、「そういうものだから」と当たり前に思われている定説こそ、うのみにせず、「本当か?」と疑ってみることが大切です。今回の記事では、STP戦略に関する海外の研究を調べ、いくつかの落とし穴を挙げながら、ノンユーザーやライトユーザーを獲得し、市場拡大するために取り入れるべき視点を解説していきます。
セグメンテーションには批判的な意見が多い
実はSTPの「S」、セグメンテーションについては、その考え方や妥当性が幾度となく疑問視されてきました。ここで言うセグメンテーションとは、性・年代などの人口統計的な特徴や、価値観やライフスタイルなどの心理的な特徴などで市場を分割(顧客をグループ分け)するタイプのものです*。もしそうしたセグメントが実は机上でしか存在しない、もしくは存在したとしてもその数や規模がコロコロ変わり、プレファレンスやブランド選択の一貫性を欠くとしたらどう思われますか?
実際、顧客の特徴や属性でセグメントをつくり、それぞれのセグメントの解釈に基づいて4P(打ち手・攻め方)を考えるというロジックに対しては、そのプロセスの妥当性に関していくつもの論文が懸念を表しています。例えば、市場分割に用いる変数選択の恣意性、セグメントの数や規模、時系列で見たときのセグメントの安定性、セグメントの再現可能性、特定セグメントにターゲティングすることがしないことに比べて全体収益を増加させる根拠、などへの指摘です[2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]。
セグメンテーションの中でも特によく用いられる人口統計的な特徴や心理的特徴に関しては、大規模な消費者調査(対象者約2万人、商品カテゴリー50以上)に基づいた分析を通して、どんな人がどのカテゴリーの商品を利用するかは説明できても、ブランドの好みや選択は説明できないことが報告されています[9]。筆者自身、これまで幾度となくセグメンテーションをした経験がありますし、市場調査会社や広告代理店がつくったセグメントも見てきましたが、特徴的に他のセグメントと大きく異なるのはヘビーユーザーの比率が高いセグメントだけで、ノンユーザー(非購買層)やライトユーザーのセグメントは大きな違いが出ないので、解釈に苦労した経験があります。
これらは実務上とても重要な示唆です。セグメントの市場規模や購買傾向が安定しているからこそ、ある特定のセグメントをターゲティングする妥当性が生まれ、商品や広告もそれに合わせて開発するわけです。その前提が崩れるというのは一大事です。マーケティングをしているにもかかわらず売り上げがあまり良くないとき、我々は「インサイトを読み間違えたかもしれない」「性能の良さがちゃんと伝わらなかったのでは」と施策を見直します。しかし、ベースとなる戦略が不安定なのだとすれば、いくら施策を改善しても意味がなくなります。