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 「買わない人=未顧客」を理解する初めての教科書『“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』。経験豊富なマーケティングサイエンティストであるコレクシアの芹澤連氏がさまざまなエビデンスに基づいた未顧客理解の原理原則と、日々のマーケティング実務で実践できるフレームワークを、マンガと図表で詳しく解説した書籍です。そのエッセンスをお届けしている本連載。今回は数学の考え方を未顧客理解にどう生かすかを解説します。

 最近は、「数学的思考」や「数学マーケティング」というキーワードをよく聞くようになりました。分析ソフトウエアやアプリケーションの計算能力は飛躍的に進化し、業務の中で日常的にデータを扱うビジネスパーソンも増えています。

 もはや数学や統計学は、理系のバックグラウンドを持つ一部のアナリストやデータサイエンティストだけのものではなくなりつつあります。一方で、数学モデルを使ってビジネスの意思決定をしたり、データからマーケティングを生み出せたりする人はあまり多くありません。

 では、顧客理解において、数学や統計学はどのように役立つのでしょうか。それが、本稿のテーマです。

数学的思考の本質は「規則性の理解」にある

 高度な統計モデルであってもPythonなどですぐに実装できてしまいますが、理系思考の本質は、そうしたモデルの背景にある「購買行動の規則性」を理解し、ビジネスで再現することです。

 モデルが人間の購買行動のどういう側面を捉えているのか、どんな特性を表しているのか、それを目の前の状況に当てはめると何が起こるのか、そうした法則性や規則性を念頭に置いて顧客を見ると、今までとは違う視点でマーケティングを考えることができるようになります。特に、ノンユーザーやライトユーザーといった「未顧客」の理解は、このような視点の転換を求められるのです。

 規則性の一つに「ゼロオーダー」があります。消費者が今回何を買うかは、前回いつ何を買ったかとは無関係にその都度決まるという仮定のことです。購買の選択肢に入るブランドは、消費者がそれぞれの好み(ブランドに感じる効用)に応じていくつか決まっています。そして、その好みに基づいて各ブランドを選ぶ確率が決まります。

 例えば、筆者が缶コーヒーを買うとき、選択肢に入るのはサントリーの「ボス」、コカ・コーラの「ジョージア」、UCCの「BLACK無糖」の3ブランドで、それらをだいたい60%、30%、10%の確率で選んでいます。ゼロオーダーとは、前回はサントリーのボスを購入して製品に満足していたとしても、今日はそれとは無関係に3つの缶コーヒーブランドから1つを確率的に選ぶということです。1回1回はランダムに選んでいるように見えますが、どのブランドをどれくらいの確率で選ぶかという個人の確率分布は決まっています。従って私の場合であれば、長期間で集計すると全体の60%はサントリーのボス、30%はコカ・コーラのジョージア、10%はUCCのBLACK無糖という比率に近づいていくわけです。

購買行動に見いだす規則性で戦略は変わる

 マーケターが購買行動にどんな規則性を見いだすか次第で、マーケティング戦略は変わります。例えば、先の缶コーヒーのリピート購入を増やしたい場合、どんな戦略が考えられるでしょうか。よくあるのは図1左の満足度やロイヤルティーを高めるという方向性ですね。

 「満足度が高い(理由)→次も選ぶ(行動)」という規則性に着目すれば、図のパターンAのマーケティングになります。しかし、満足度だけで選ぶなら、私の中で効用が最も高いサントリーのボスを常に選ぶはずです。ですが現実はそうなっていません。30%はコカ・コーラのジョージア、10%はUCCのBLACK無糖を選ぶのです。ここで、「満足度やロイヤルティーは購買決定要因ではなく、むしろ誤差なのではないか」と発想すると、全く異なるマーケティングになります。

図1 購買行動の規則性・法則性
図1 購買行動の規則性・法則性
(出所:コレクシア)
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 先のゼロオーダーが意味するのは、消費者は購買のたびに毎回サイコロを振っている、つまり、その場・その時の状況や文脈次第であるということです。それに気付くことができれば、「その場・その時の文脈→行動」という規則性に基づいた図1パターンBのマーケティングの方が行動の本質に近いことが分かります*。

* 規則には例外があります。例えば、バラエティーシーキング行動(毎回違うブランドを試してみたい)やサブスクリプションなどの定期的な購買はゼロオーダーの外にあり、また別の法則に支配されています。