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 「買わない人=未顧客」を理解する初めての教科書『“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』。経験豊富なマーケティングサイエンティストであるコレクシアの芹澤連氏がさまざまなエビデンスに基づいた未顧客理解の原理原則と、日々のマーケティング実務で実践できるフレームワークを、マンガと図表で詳しく解説した書籍です。そのエッセンスをお届けしている本連載。今回は文脈を作り直してブランドに新たな顧客価値を与える「再解釈」の技術を解説します。

 未顧客(ノンユーザーやライトユーザー)とは、ブランドが価値になる生活文脈やジョブを持っているにもかかわらず、ブランドに関心が無い状態のことです。ブランドが購買される“素地”や“ポテンシャル”はあるのに、現在のところ買ってもらえない。これが、“非”顧客ではなく、“未”顧客であるゆえんです。

 従って、未顧客を顧客に変えるには、未顧客の生活文脈に合わせてブランドを再解釈することで興味関心を持ってもらうという視点が重要になってきます。生活上の価値と認識してもらうにはブランドをどう翻訳(再解釈)すればよいか、再開発すべき商品要件やサービス要件は何か、現在のブランド体験をどう再構築すればよいかというRE(再)視点の問いを持ち、未顧客の生活文脈を観察するわけです。

 本稿は、この「文脈を理解してブランドを再解釈する」とは具体的にどういうことか、身近な例でイメージをつかんでいただきたいと思います。

人は文脈込みでモノの意味を評価する

 モノやサービスは文脈次第で価値が変わります。自動車を例に考えてみましょう。最近は車を所有しない学生さんも増えていると聞きます。今はレンタカーやカーシェアリングなど必要な時だけ利用できるサービスがいろいろありますし、駐車場代や維持費も安くありません。そうした文脈では、車を所有することに価値を感じにくいのもうなずけます。

 しかし、就職して結婚し、子供が生まれると生活文脈が変わります。子供が小さいうちは、自動車での移動が快適に感じられることも多々あります。日々の買い物にも都合が良いでしょう。この文脈では、所有に価値が生まれます。このように、モノはいったん生活文脈の中に置かれ、人はその文脈込みでモノの“意味”を評価します。

文脈が変われば意味が変わり、意味が変わると価値も変わる

 従って、無関心な未顧客を動かすには、文脈と意味を変えることが重要になります。そのことを端的に表している事例を紹介します。2016年、サンフランシスコ近代美術館でちょっとした騒動がありました。美術館の一角で、床の上に“眼鏡風のアート作品”が無造作に置かれていました。次第にその作品の周りに人が集まってきます。一見すると何の変哲もない眼鏡ですが、ある人はそれを写真に収めて、ある人は床にはいつくばって、その“アート”の意味を理解しようと努めたそうです。

 実はこの作品、本当に“ただの眼鏡”でした。ある日、友人と同美術館を訪れていた10代の青年は、来館者たちが本当に展示作品に感動しているのか疑問に思い、ちょっとした“実験”を思い付きました。床にただの眼鏡を置いて、他の来館者の反応を見てみることにしたのです。その実験のいきさつが、上記の人々の行動です。当時SNSやネットでかなり話題になったので、覚えていらっしゃる方もいると思います。

 もう一つ例を挙げます。「ペットロック」という商品を聞いたことがあるでしょうか。1970年代に「石をペットとして飼う」というブームが起こりました。ブームは半年ほどで終わりましたが、発案者は短期間で巨万の富を得たそうです。これも形の良い“ただの石”ですが、多くの人が金銭を支払って購入したのです。

 ただの眼鏡を美術品に変えたのは、美術館に置かれた眼鏡から人々が感じた「意味」であり、ただの石が興味を集めたのも、ペットロックとラベリングされた石から人々が感じた「意味」です。そして、それらの意味を生み出しているのは「文脈」です。

 眼鏡が芸術作品になったのは美術館という文脈があったからです。美術館に展示されているということは芸術として何らかの意味があるはずだと思い、人々はその意味に興味を持ったわけです。ペットロックも、飼育方法を記載したマニュアルや血統書、キャリーケースといったペット感を演出するための小物、つまり文脈がセットになって売られていたようです。その文脈が、ペットを飼うことで得られる癒やしや和みを(ペットの世話や餌代などをかけずに)得ることができるという意味を生み出し、一部の人はそれに価値を感じたわけです。

 少々極端な例ですが、文脈を変えれば意味が変わり、意味が変わればただの石でも売れるし、ただの眼鏡も芸術に変わるということです。

商品は1つ、切り出し方は無限

 眼鏡や石の例は、「ブランドの切り出し方」を変えれば別の価値として興味を持ってもらうことができる、つまり興味関心は「つくれる」ことを表しています。そこで重要になってくるのが、ブランドのどんな側面を切り出すのか、それをどう伝えるのかということです。

 商品は1つですが、ブランドの「切り出し方」は幾通りもあります。例えば風邪薬は、風邪を引いて熱っぽい・喉が痛いといった症状を和らげる薬としての価値がまず挙げられます。風邪を引いているという文脈においては、諸症状を抑える成分が価値になるため、「複数の有効成分」という側面を切り出すわけです。

 では、風邪を引いていないときはどうでしょうか。何も価値がないかというと、そんなことはないですよね。「家族が体調を崩しやすい」「乾燥する季節になってきた」といった文脈において、「常備しておけば、いざというときにすぐ使える」という安心感や予防的使用が価値になります。もちろんこの安心感の背後には成分があるわけですが、ベネフィットの切り出し方が違ってきます。「いつもの場所にいつもの〇〇、寒気がしたらすぐ〇〇」のような切り出し方になるでしょう。

 このように、生活文脈に対して最適な角度でブランドを切り出すことが重要です。逆に言えば、本来は未顧客にとって価値になり得る商品でも、切り出し方が間違っていれば興味を持ってもらえないということになります。