新型コロナウイルスの世界的大流行やロシアによるウクライナ侵攻など予想もしなかった出来事が次々に起こる不確実性の時代が訪れている。企業を支えるSCM(サプライチェーン・マネジメント)にも新しい時代に即応でき得る大きな変革が必要だ。こうした問題意識で書籍『ダイナミック・サプライチェーン・マネジメント レジリエンスとサステナビリティーを実現する新時代のSCM』を執筆した、コンサルティング会社クニエの笹川亮平氏、多田和弘氏、宍戸徹哉氏に、執筆の背景などを聞いた。(聞き手は松山貴之=技術プロダクツユニットクロスメディア編集部)
新型コロナウイルスによるロックダウンや、ロシアによるウクライナ侵攻など、想像もしなかったようなことが起きています。サプライチェーンへの影響が大きいことは想像できるのですが、実際の現場はどのような状況なのでしょうか
笹川亮平氏 新型コロナウイルスによってロックダウンや出社規制がかかり、「工場を稼働させることができない」「部品を調達しようとしても手に入らない」といった状況が続いていました。ワイヤハーネスのような従来は調達懸念のなかった部品やコモディティー製品でさえ調達に苦労されています。製造業は「モノを作る」ことが本業ですが、その本業ができない状況だったのです。現在は少し改善されていますが、元の状態にはほど遠く、工場の稼働率はあまり改善していないといいます。
クニエ SCMチーム パートナー

多田和弘氏 グローバルに工場を展開する企業だけでなく、多くの業種が何らかの影響を受けています。流通や小売り、食品も、「モノが入ってこない」とか、調達できても従来2カ月程度のリードタイムが4カ月、5カ月になることは珍しくなく、クリスマスなど、販売時期が限定される商品はかなり厳しい状況です。
クニエ SCMチーム シニアマネージャー

宍戸徹哉氏 「SCM(サプライチェーン・マネジメント)」という言葉が日本で使われるようになって既に20年以上たちますが、ここ数年で起きていることは、SCMの歴史上、最も危機的な状況と言えます。東日本大震災の時も大きな影響はありましたが、その時に比べて影響範囲はとても広く、また、その影響がどこからやってくるのかわからず、時間差で影響が及ぶこともあり、その影響の大きさと深さは初めての経験です。
クニエ SCMチーム ディレクター

そうした状況に、現場はどのように対処しているのでしょうか
笹川氏 状況を改善させるには、まず正しい情報を把握する必要があり、その情報把握に多くの時間を費やしています。自社工場ついてはもちろんのこと、部品会社、その部品会社の取引先、倉庫、販社など。自社の状況は他社も知りたがるので、問い合わせが山のようにくるのに答えつつ、サプライチェーンの現在の状況を正しくつかもうと、紙、電話、メールなどを駆使して、人海戦術で必死に情報を集めているのが実情です。
SCMシステムを正しく構築してこなかった
人海戦術? 電話やメールが主な手段なのですか? SCMシステムが構築されていれば、情報はそうしたシステムを通して把握できるのでは?
笹川氏 現場は今でもエクセル(マイクロソフトの表計算ソフト「Excel」)などを多用しています。SCMシステムが使い物にならないからではなく、SCMシステムを適切な形で構築してこなかったからです。「適切な形」とは、サプライチェーンの上流から下流までの現在の情報を把握するような使い方です。本来SCMには上流から下流までの業務と情報のつながりが重要となりますが、そこに重点を置かなかった。生産管理など個別既存業務の効率化などもっとほかに注目すべきことがあって、全体の情報連携と共有をそれほど重視してこなかったのです。
多田氏 現場の関心は、工場の生産性であり、無駄な在庫を持たないことであり、高品質な部品を安く安定して調達することです。SCMの部分部分でいかに最適化することに注目していたのです。生産、販売、調達などで部署が分かれているのが普通なので、自部署のことに集中する。これはある意味で正しい取り組みともいえますが、その結果として、エクセルなどを使った部署固有の業務が多く存在するのです。
宍戸氏 日本企業は「現物主義」という側面もあると思います。データを見て、情報を見て判断するより、実際のモノを見て判断することを重視する。そうした傾向があったので、データでSCM全体の状況を把握するという方向にあまり向かわなかったのです。