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『ダイナミック・サプライチェーン・マネジメント レジリエンスとサステナビリティーを実現する新時代のSCM』
『ダイナミック・サプライチェーン・マネジメント レジリエンスとサステナビリティーを実現する新時代のSCM』

 新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)やロシアによるウクライナ侵攻など予想もしなかった出来事が次々に起こる不確実性(VUCA、ブーカ)の時代が訪れている。これらによりグローバルでのサプライチェーンを巡る状況は一変した。これまで機能していた物流網は機能不全に陥り、ものが買えない、作れない、運べない状況に対して、有効な打ち手を失っている企業も多い。これからのSCM(サプライチェーン・マネジメント)はどうあるべきなのか。『ダイナミック・サプライチェーン・マネジメント レジリエンスとサステナビリティーを実現する新時代のSCM』(日経BP)の著者であるクニエ SCMチームに、新時代に求められる「ダイナミックSCM」について連載してもらう。連載の最終回はすべてが動的に変化する不確実性の時代だからこそ重要性を増す、決して揺るがない企業理念・存在目的について解説する。

 新時代におけるダイナミックSCMでは、もはや現場オペレーション(または実務者)では判断できない要素まで踏み込んだ意思決定が求められるようになった。経営層がSCMを経営アジェンダとして捉え、現在のサプライチェーン状況を正しく認識し、SCMの構築に向けた積極的な関与が必要不可欠となっている。

サプライチェーンのパラダイムシフトを理解する

 大量生産を可能としたフォード生産方式のイノベーション、グローバルロジスティクスと長距離サプライチェーンの実現を可能としたコンテナのイノベーション、グローバルサプライチェーン拠点を瞬時につなぎ実行指示を可能とした通信技術のイノベーションなど、いくつものイノベーションを経て、グローバルサプライチェーンは形成されてきた。

 米ソ冷戦後には、資本主義によるグローバリゼーションは未来永劫続き、地球上どこにいても商品が自由に売買可能であり、地理的な距離は意味を失うと夢見た時期もあったが、実情は違った。民主化しないロシアと中国の存在感が増し、リベラリズムは後退し、米国自らが米国ファーストを掲げ、グローバルサプライチェーンに大きな影響を与える経済制裁や保護政策を取るようになってきている。さらには、長引く新型コロナウイルス感染症によるロックダウンや工場停止、断続的に発生する部材・資源の供給不足と奪い合いなどにより、グローバルサプライチェーン上のボトルネックはダイナミックに変わってしまう状態が続く。安全かつ自由貿易を前提とした静的なサプライチェーンは、もはや終わりを告げた。

 これまでのSCMは、安定的な静的サプライチェーンの中で在庫を削減し、業務を効率化してリーンになり、コストダウンを追求してきた。計画通りに作って運ぶのが当たり前で、「ジャストインタイム(Just In Time)」の時代と言えた。

 だが、これからは計画通りに作れない、運べないことが常態化する。動的に変わるサプライチェーンネットワークやボトルネックを迅速に捉え、供給制約下で複数のシナリオを作ってモノの供給を確保しつつ、その中でいかに利益を最大化するのか、SCMに求められる意思決定の難度がかつてないほど高まっている。「ジャストインケース(Just In Case)」の時代である。そうした状況にあることを理解しつつ、経営層の意思決定や指示をサプライチェーンプロセスに織り込んでいくことが求められる。

 コストダウンが企業に求められる普遍のテーマであることは、これからも変わらない。生産拠点の移転やグローバル進出、グローバルでの部材、原料の供給ネットワークの設計においては、人件費や調達価格などの直接的なコストを主眼とし、グローバルの拠点配置やサプライチェーンネットワークが決定されてきた。これまでのグローバルサプライチェーンの拡大過程において、サプライチェーンが長距離化することによる物理的な時間影響、洋上在庫・仕掛かり在庫の増加、サプライチェーンが複雑化することによる情報把握と管理工数の増大といった間接的なコスト影響の多くが見過ごされている。

 中国、アジアなどの人件費の上昇は従前から広く理解されていたが、それに加えて新型コロナウイルス感染症発生以後、グローバルサプライチェーンに関わるコスト構造はさらに大きく変化している。コンテナ、海上輸送コストは一気に高騰し、高止まりを続けている。生産・輸送に関わる人材確保が困難であることから人件費が増加したり、緩衝材としての在庫の積み増しによる在庫コストが増加したりする。さらには、グローバルリスクの把握、断続的に起こる様々な供給問題の状況把握、サプライチェーンの影響把握などの工数が激増する(図1)。これまで見過ごしてきた、あるいは重視されてこなかった間接的なコスト影響の存在を理解した上で、サプライチェーンネットワークの再設計、サプライチェーンポリシーの見直しを行っていくことが経営層には求められる。

図1 グローバルサプライチェーンにおけるコスト構造の変化イメージ
図1 グローバルサプライチェーンにおけるコスト構造の変化イメージ
単位当たりコストの位置、推移はイメージとして記載。(出所:著者)
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 SCMは本来、複数の業務領域、複数企業をまたぐ全体最適を実現する経営管理手法である。しかしながら長年のSCMの取り組み過程において、多くの企業では「SCMとは現場によるコスト改善手法」と認識され、経営層が積極的に関与されずに現場中心の取り組みで終わっている。SCMは現場によるコスト改善手法でなく、経営アジェンダであるとの理解の下、経営層がSCMの構築にコミットしていくことが求められる。