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『通信地政学2030 Google・Amazonがインフラをのみ込む日』
『通信地政学2030 Google・Amazonがインフラをのみ込む日』

 通信やインターネットの世界が政治や巨大IT企業(ビッグテック)に揺さぶられている。今や海底ケーブル敷設の主役も携帯電話のコアネットワークもGoogleやAmazon.comなどの巨大IT企業の手に移ろうとしている。一方で、5Gやインターネットプロトコルでは中国などの権威主義国と民主主義国の覇権争いも激烈だ。これら大国や大企業にネットが翻弄される中で日本の通信産業は空洞化を免れるのか。『通信地政学2030 Google・Amazonがインフラをのみ込む日』(日経BP)から紹介する。

 前回の記事では、海底ケーブルや携帯電話のコアネットワークといった通信インフラに、巨大IT企業(ビッグテック)が侵出してきている状況を解説した。巨大IT企業による通信インフラへの侵出について、さらに想像を膨らませると、もう一つの課題が浮かび上がる。いわゆる「デス・バイ・アマゾン(アマゾンによる死)」のような状況が通信インフラで起きた場合、社会・経済的に大きなインパクトが引き起こされるという懸念だ。

 デス・バイ・アマゾンとは、消費者第一を掲げた米Amazon.com(アマゾン)のサービスによって、既存の小売業者が追い詰められ、市場撤退を余儀なくされる状況を指す。例えばアマゾンの電子書籍サービス「キンドル」がその一例だ。キンドル上で販売される電子書籍は低価格と行き届いたサービスで、多くの利用者を集めた。

 一方でその影響によって、市場撤退を余儀なくされたライバルの電子書籍サービスやリアル店舗を構えていた書店は数限りない。それもそのはず、アマゾンは巨額の売上高を計上しているのにもかかわらず、利益をほとんど出さないという独自の経営戦略を取っているからだ。

 消費者にとって安く便利に電子書籍を手に入れられること自体はうれしいことだろう。しかし「アマゾンがライバルを追い出して市場を独占した後、ある日、突然サービスを値上げしてこれまでの損失を取り戻すのではないか」という疑念は根強い。いわゆる「略奪的な価格設定」と呼ばれるアプローチだ。実際、アマゾンは、配送特典などを含む会員制プログラム「Amazonプライム」の年会費について、多くの利用者を集めた後、米国や欧州で値上げに踏み切っている。

 このようなアマゾンのアプローチへの批判の急先鋒(せんぽう)は、2021年に32歳で米連邦取引委員会(FTC)の委員長に就任したリナ・カーン氏である。

 カーン氏は、米イェール大学の法科大学院生であった2017年にイェール・ロー・ジャーナル誌に書いた論文「アマゾンの反トラスト・パラドックス」で世界的に注目を集めた。カーン氏は同論文において、短期的な回収を犠牲にしても市場シェアの拡大を求めるアマゾンのようなプラットフォーマーの戦略について、これまでの競争法とは異なるアプローチで評価する必要があると説く。

 米国の競争法(反トラスト法)は過去30年ほど、消費者の利益のみに着目して競争を評価してきたという。しかしカーン氏は競争を脅かす可能性があるアマゾンのようなアプローチに対しては、市場の根本的な構造とダイナミクスを分析するような新たな枠組みによる競争評価が必要という論陣を張る。

 仮に巨大IT企業が、「略奪的な価格設定」のようなアプローチを通信インフラ分野で取った場合、どのような未来が待っているのか。

 各国の通信事業者は、安くインフラを構築できる手段として巨大IT企業のクラウドサービスを活用するだろう。その後、通信事業者は巨大IT企業のクラウドサービスに依存するようになる。通信インフラにクラウドサービスを活用することが欠かせなくなり、他の選択肢が無くなったタイミングで、巨大IT企業が通信インフラとして提供するクラウドサービスを値上げする――。

 こうなると、もはや各国の通信事業者に主導権はなく、巨大IT企業の胸三寸で、国の社会・経済インフラとして欠かせない通信サービスの料金が左右される事態に陥る。国家安全保障上の重要インフラである通信が、巨大IT企業の手のひらで転がされる。このような未来は望ましくないだろう。

 もちろんこれは最悪を想定したシナリオだ。巨大IT企業は、今や社会基盤と化しつつあるクラウドサービスについて「略奪的な価格設定」によるアプローチを自重する可能性がある。クラウドサービスを提供するグーグルなどの巨大IT企業は、各国の法規制に準拠してデータを扱う「ソブリンクラウド」を提供するとしている。だが国の社会・経済インフラの根幹となる通信インフラの今後を考える場合、あらゆるシナリオを事前に検討する必要があるだろう。