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『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』
『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』

 「100年に一度」といわれる大変革期にある自動車産業の未来を占う最新キーワード「モビリティX」。海外の“先駆者”はどのように変革の荒波を乗り越えようとしているのか。新刊『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』(日経BP)をベースに、今回は米Uber Technologies(ウーバー・テクノロジーズ)の革新性を解説する。(日経クロストレンド編集部)

米ウーバーテクノロジーズが創造してきた顧客体験とは?
米ウーバーテクノロジーズが創造してきた顧客体験とは?
(写真:Shutterstock)
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 本連載のタイトルにある「モビリティX」とは、「100年に一度」といわれる大変革期にある自動車産業の未来を占う最新キーワードである。

 2016年ごろから、「CASE(コネクテッド:Connected、自動化:Autonomous、シェアリング:Shared、電動化:Electric)」という4つの破壊的な潮流が注目を集め、今まさに自動車産業はDX(デジタルトランスフォーメーション)の真っただ中にいる。そして、直近では「脱炭素化」の旗印の下に、SX(サステナビリティートランスフォーメーション)が、自動車産業の最重要テーマとして浮上している。

 しかし、日本で行われている議論は「X=トランスフォーメーション(変革)」の掛け声で終わっているか、単なる「手段」が目的化してしまっているように見受けられる。例えば、自動車にIT機器を装備してネットワークにつなげるコネクテッド化を進めたり、自動運転機能を開発して安全走行を実現したりするのは、それ自体素晴らしいことだ。しかし、世界で起きている破壊的な潮流の本質はそこにとどまらないし、それだけでは視野が狭いのではないだろうか。

 真のDX、SXとは、顧客起点による「新たな体験価値(X=エクスペリエンス)」の創造や、それをよりリッチなものとする「異業種融合(X=クロス)」の実現を伴うものだ。CASEにしても、各技術要素を個別の事象として捉えるのではなく、「掛け合わせ(X=要素のクロス)」をすることで、全く新しい価値、体験、新ビジネスモデルを創造していくことが求められている。このようにして生まれるモビリティ産業の究極の変革の姿が「モビリティX」である。

モビリティXの全体像
モビリティXの全体像
(出所:筆者作成、『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』から)
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 本連載の執筆陣は、米国のテックジャイアント、GAFAM(Google、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon、Microsoft)による破壊的なイノベーションを現地で体感してきた日本人の有志組織「シリコンバレーD-Lab」メンバー(デロイト トーマツ ベンチャーサポート、パナソニック ホールディングス、経済産業省所属)だ。

 シリコンバレーD-Labは、現地の業界リーダーや有識者との議論から得られた情報を発信し、日本の産業復興へのきっかけを提供していくことを目的として活動している。これまで、17年からCASEやMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)、モビリティの脱炭素化など、世界の潮流の“震源地”にいるからこそ分かる変化の本質をいち早く日本へリポートしてきた。

 その活動の集大成として挑んだのが、新刊『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』の出版だ。本連載では、米ウーバーテクノロジーズやテスラ、ゼネラル・モーターズ、グーグルなどの取り組みを例に、DXの誤解と本質、CASEの先にあるビジネスモデル変革について解説していきたい。

「移動の価値」を再定義するウーバー

 ウーバーは、11年にスマートフォンアプリを使って高級ハイヤーを配車するサービスをサンフランシスコで開始し、翌12年4月には顧客が同じくアプリで通常のタクシーや、自家用車のドライバーを呼び出せるライドシェアサービス「UberX(ウーバーX)」を始めた。日本でウーバーといえば、料理の配達サービスである「Uber Eats(ウーバーイーツ)」をイメージする人が多いが、米国ではライドシェアサービスが代名詞ともいえる事業となっている。

 ある日、米国でこんな質問を受けた。「今日乗ったウーバーの車種を覚えていますか?」

 確かに今日ウーバーで移動したのだが、乗った車両のメーカーも車種も覚えていなかった。面白いのでいろんな人に同じ質問をしてみたが、実は多くの人が即答できないことが分かった。

 ウーバーに乗った人は、「このA社の自動車の乗り心地が最高だ」とか、「B社のシートは高級感があって良い」などと話すことはほとんどない。むしろ、「今日のドライバーは、やたらとしゃべりかけてくる人だった」「想定より少し時間がかかった」「車内はきれいだった」「乗車料金が安かった」といったことである。

 タクシーにおいても同じことが言えるであろうが、モビリティサービスにおいては車そのものの性能よりも、配車オーダーをしたら時間通りに来るか、安全・安心・安価・清潔な環境で乗れるかといった移動体験に価値の力点が移ることになる。

 ウーバーは、従来のハイヤーやタクシーの体験を全く別のものに変えた。サービス開始当時のシリコンバレーのタクシーといえば、「高い」「汚い」、そして都心から離れた場所では「捕まらない」ものだった。最も困るのは、電話しても時間通りに指定場所へ来ないという問題だ。ウーバーは、この乗客が感じていた移動体験の課題をデザイン思考で解決した。ちなみに、デザイン思考とは、デザイナーが用いるプロセスを体系化したものであり、ビジネス分野の課題解決にも活用されている。