世界有数の電気自動車(EV)メーカーに上り詰めた米テスラ。その強さの源泉は、ソフトウエアアップデートによる「進化する車」を実現したことなど、革新的な顧客体験の創造にある。新刊『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』(日経BP)をベースに、テスラの“異端”のアプローチを見ていく。(日経クロストレンド編集部)
Twitter買収でも話題を振りまくイーロン・マスク氏率いる米テスラは、09年に「ロードスター」という高級スポーツカータイプのEVの生産を始め、12年にセダンの「モデルS」、15年にSUVタイプの「モデルX」、17年には価格を抑えた量産型セダンの「モデル3」を市場に投入した。そして2020年には、ミッドタイプのSUV「モデルY」を発表している。
このうちモデル3は、21年単体での販売台数が50万台を超え、世界で最も売れているEVとなった。北米でも現時点では、新たに販売されたEVのうち8割弱をテスラが占める、まさしく一強状態にある。
テスラが他社よりも優れていたのは、それまでのEVの根本的な課題に目を向け、それを改善する方法を考え、顧客にとって魅力的で価値のある製品に仕上げたことである。中国、欧米に比べて、日本ではまだまだガソリン車からEVへの移行が進んでいないが、その背景には航続距離と充電の問題がある。
EVはガソリン車に比べて航続距離が短く、途中でバッテリーがなくならないか不安になる。ガソリンスタンドは至る所にあるが、EVの場合は充電を行うチャージングステーションがまだまだ少ないからだ。また、ガソリン車の場合はものの数分で満タンにできるが、それまでのEVでは半日以上も充電しなければならないことも多々あった。こうした課題があるため、限定的なシーン以外ではEVは使えず、「普及しない」という見方が一般的だった。
では、テスラはこれらの課題をどう解決したのだろうか。
まず、テスラは航続距離の問題に対して、バッテリー性能を上げることで一度の充電で500㎞を超える走行も可能な状況を作った。例えば、モデルSで637㎞、モデル3では689㎞の航続距離を達成している。この水準であれば、旅行に出かけるにしても十分な距離である。
一方、充電の課題に対しては自社の負担で急速充電インフラを拡充させることで対応した。テスラの急速充電器「スーパーチャージャー」は、15分の充電で最大275㎞相当分(Model 3の場合)という最速レベルの充電速度を誇る。導入当初の12年はボストンやロサンゼルス、サンフランシスコといった戦略的な地域の6ステーションから始まり、特に量産型のモデル3投入に合わせて投資を重ねた結果、年間30%を超える増設を続け、全世界で4200カ所、3万8000台以上(22年第3四半期)を設置するまでに至っている。
これらスーパーチャージャーはコネクテッド化されており、テスラユーザーはリアルタイムに混み具合を確認できるため、最短距離で空いている充電設備にたどり着ける。旅行に際しては、設定した目的地に合わせて残りのバッテリー容量を計算し、移動距離や充電の待ち時間が最短となるルートを提示する機能も備えている。これにより利便性が格段に増し、顧客に安心を提供しているのだ。