自動運転のロボタクシーが普及し、さらには異業種が融合して相乗効果による大変革が訪れる「モビリティX」時代。日本の製造業がグローバル市場で勝ち抜くためには何が必要なのか。新刊『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』(日経BP)から「4つのアプローチ」を紹介していく。(日経クロストレンド編集部)
改めて「モビリティX」とは、「100年に一度」といわれる大変革期にある自動車産業の未来を占う最新キーワードである。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とSX(サステナビリティートランスフォーメーション)という荒波にさらされている今、必要なのは単なる「X=トランスフォーメーション(変革)」という掛け声ではない。顧客起点による「新たな体験価値(X=エクスペリエンス)」の創造や、それをよりリッチなものとする「異業種融合(X=クロス)」の実現が求められている。「X」の解釈を一歩進めて、全く新しい価値、体験、新ビジネスモデルを創造する必要があるのだ。
では、企業(特に日本の製造業)がグローバル市場で勝ち抜くためにはどうすべきか。本稿では、考慮すべき「4つのアプローチ」を示していく。
(1)「デザイン思考」「データドリブン」による体験価値創出
(2)顧客の価値観の変化に寄り添うサステナビリティー変革
(3)中長期視点による「要素クロス」アプローチ
(4)ファンクション産業と融合した新たな価値創出
(1)「デザイン思考」「データドリブン」による体験価値創出
モビリティXに至るまでには、DX、SXを高い次元で実現する必要がある。そこで重要なのは、体験価値の創造である。新たな体験価値(ゲイン)は多くの場合、顧客の課題(ペイン)を解決することで生まれる。モビリティ分野で解決すべき課題とそれによって生み出される体験価値は、現在の産業構造の延長線上にはなく、DX、SXがもたらす変革とともに変化していく。
その変化のスピードは早く、予想することが困難な場合もある。このため、企業は自らのDXを進めてデジタル社会を前提とした製品・サービスの企画体制を構築することが必要となる。DXを達成した企業は、デザイン思考で今後の顧客となる対象の体験価値を白紙の状態から思考し、開発された新しい取り組みを素早く市場に投入して試行を繰り返しながら、データドリブンで改善し続けることで顧客の体験価値を向上させる。
まさに本連載で紹介してきた米Uber Technologies(ウーバー・テクノロジーズ)や米Tesla(テスラ)が実行し、成功してきたアプローチである。
自動車は商品開発サイクルが4~5年と長く、複雑な設計開発を伴うため、既存メーカーの多くはウオーターフォール型(上流工程から下流に沿って開発を進めること)を取ってきた。大量生産を念頭に置いて製品の仕様を決め、設計・開発から生産ラインを整備し、製造後にディーラーで顧客にアプローチして販売する。過去のビジネスモデルでは新車を何台売るかが勝負となるため、販売した後の自動車の使われ方をリアルタイムでデータ取得するようなことは少なかった。主要な開発部隊は次期モデルの自動車開発へ移り、販売後の自動車に対しては、不具合対応以外はあまりフォローする必要がなかったのかもしれない。
では、モビリティX時代に向けては、どのように製品・サービスを開発していけばいいのだろうか。
顧客が個々にカスタマイズされたサービスを求め、しかも、それがリアルタイムに双方向のデータのやり取りの中で顧客体験がつくり出され、満足を得ることになる。また、所有から利用への変化も進むだろう。重要なのは、顧客からのフィードバックとそれを踏まえた改善によって顧客の体験価値に変えることである。つまり、自動車でいえば販売後が勝負なのである。
テスラのように、これからは車内の様々なソフトウエアを介して顧客とつながり、常時接続で顧客の利用状況をデータ収集しながら、新しい顧客体験を提供するためにソフトウエアをアップデートし続けていくことが必要となる。
特に日本企業は、事前の検討に時間を費やしすぎて商品・サービスの市場導入が遅れる傾向にあるので注意が必要である。従来のウオーターフォール型ではなく、アジャイル型(開発単位を小さくし、設計、実装、テストを短期間で回す)で顧客からのフィードバックデータを基に改善を繰り返していく手法は「リーンスタートアップ」といわれる。これは、シリコンバレーのスタートアップの世界では当たり前のように実行されている。企業は、AI(人工知能)などの先進的な技術を活用したより効率的なリーンスタートアップのアプローチで、今まで実現できなかった顧客の新しい体験価値を生み出すことが求められている。
(2)顧客の価値観の変化に寄り添うサステナビリティー変革
昨今のSX革命により、顧客の価値観が急速に変わった。今消費の中心になっている世代では、70%を超える人が地球環境問題の解決に貢献している取り組みに対してプレミアム(追加料金)を払ってもよいと考えるという。環境貢献という心理的な充足感が購買行動に影響を与え始めており、サステナビリティーの観点から信頼のあるブランドやサービスをつくり出すことがSXの重要な要素となり、新たな競争軸になりつつある。
各社が温暖化ガス排出量を削減する取り組みを加速している。この中で差別化を図るには、いち早く自社の考える世界観を明確にし、透明性のあるコミュニケーションで顧客を取り込んでいくことである。
例えば、アウトドア用品の提供を手掛けるパタゴニアは、毎年売り上げの1%を環境関連事業などに寄付しており、会社の目的を「私たちの故郷である地球を救うためにビジネスをしている(We’re in business to save our home planet.)」としていることで知られる。
22年9月には、オーナーのイヴォン・シュイナード氏が保有するすべての議決権付き株式(全体の2%)を「パタゴニア・パーパス・トラスト」という財団に寄贈すると発表し、周囲を驚かせた。無議決権株式(全体の98%)もすべて環境系の非営利団体に寄贈するという。環境保護に対して長期的に資金を提供し続けるパタゴニアの決断は、企業の長期的な成長を伴うものとして多くの識者から歓迎されている。