金融・IT業界が驚いた「みんなの銀行」の誕生。勘定系基幹システムを含む銀行機能のすべてを、フルクラウドで提供する「デジタルバンク」はいかにして生まれたのか、基幹システムをスクラッチ開発するプロジェクトはいかに始まり、どのようにやり遂げたのか。その全貌を書き記したのが、『イノベーションのジレンマからの脱出 日本初のデジタルバンク「みんなの銀行」誕生の軌跡に学ぶ』(日経BP、2023年)である。みんなの銀行 取締役頭取 永吉健一氏に、プロジェクトの概要や同書に込めた思いを聞いた。(聞き手は、同書の担当編集者である日経BP 技術プロダクツユニット クロスメディア編集部 松山貴之)。
「みんなの銀行」は、既存の銀行らしくない印象があります。まずは簡単に、みんなの銀行とはどんな銀行なのか、その特徴を教えてください。
永吉健一氏(以下、永吉氏):みんなの銀行は日本初の「デジタルバンク」です。この言葉の意味を説明するには、「ネットバンク」を比較に出すといいと思います。
「ネットバンク」とは、既存の銀行サービスをネットで使えるようにしたもので、インターネットを介して預金残高を確認したり、振り込みしたりすることが可能です。その背後には従来の基幹システムがありますので、サービスのベースは既存の銀行サービスです。
将来は今よりももっと「既存の銀行らしくない銀行」へ
一方の「デジタルバンク」とは、デジタルで銀行サービスをゼロからつくりあげたもので、背後に従来の基幹システムはなく、システムもサービスも、デジタルを前提にすべてゼロからつくっています。スマートフォンに特化して24時間365日いつでも使えるなどの特徴がありますが、銀行サービスとしてどんなものが求められるのかを探り続けていますので、将来は今よりももっと「既存の銀行らしくない銀行」になっていくと思います。
「銀行サービスとしてどんなものが求められるのかを探り続けている」とのことですが、想定顧客はどんな人でしょうか?
永吉氏:一言で表現すれば「未来の」お客様です。10~30代のデジタルネーティブ世代を想定顧客において様々なサービスを設計・開発しています。彼らを「未来の」と表現したのは、現在の銀行は若い世代向けのサービスをほとんど提供しておらず、「現在の」お客様としてはプライオリティーが高くないのです。
しかし、未来は、今の若い世代が銀行にとって重要なお客様になっていきます。それは間違いないことですが、当の若い世代は銀行に親しみを持っておらず、調査をすると「役所のように冷たいところ」「面倒くさい」と感じていて、銀行は期待もされていない存在です。だから、彼・彼女ら、未来のお客様から選ばれるように、若い世代を想定顧客において銀行サービスを探っているのです。
デザインや操作性などは若い人を対象につくり込んでいて、フリクション(わずらわしさ)を徹底的になくすようにしています。「お金の苦手をいいね!に変える」。これがスローガンになっています。
ビジネスとしてとてもユニークで、最初はどこかのスタートアップがつくった銀行だと思っていました。でも実際は、地方銀行で最大級の「ふくおかフィナンシャルグループ」が母体となって生まれたと聞いて、まずはそこに驚きました。
永吉氏:私は福岡銀行に入行し銀行員としての経験を積んだ後、バブル崩壊後の不良債権処理や経営統合によるふくおかフィナンシャルグループ(以下、ふくおかFG)の設立なども担当しました。スタートアップ出身ではありません。
ふくおかFGは地方銀行として地域経済を守るために、経営統合をするなどチャレンジングな試みを多数実施しています。失敗を恐れずに挑戦する社風があり、みんなの銀行もそうした流れとは無縁ではありません。
みんなの銀行が生まれたきっかけは、もう10年も前のことになりますが、当時のふくおかFG社長だった柴戸(現在はふくおかFG会長の柴戸隆成氏)から「10年後の銀行のあるべき姿を考えよ」と命じられたことに始まります。FinTech(フィンテック)などという言葉も使われていないころで、何をしたらよいか途方に暮れたことを覚えています。
本(『イノベーションのジレンマからの脱出 日本初のデジタルバンク「みんなの銀行」誕生の軌跡に学ぶ)にも出てきますが、「iPhoneのようなサービスをつくりたい」と思ってマネーアプリ「Wallet+」をつくったとあります。これが、みんなの銀行につながるわけですね?
永吉氏:そうです。最初は「Wallet+」というマネーアプリをつくりました。これは銀行そのものではなく、銀行のサービスを利用する個人向けの「お財布アプリ」のようなものです。提供元はふくおかFGではなく、iBankマーケティングという会社で、ふくおかFGから独立した組織として提供しました。