世界で最も広く採用されているサービスマネジメントの最新ガイダンス「ITIL」。その最新バージョンである「ITIL 4」は「ITを使って、どのようにしてビジネスをつくるか」という「ビジネス目線」で大幅に刷新され、DX(デジタルトランスフォーメーション)のためのガイダンスに生まれ変わった。そこで本連載では、『ITIL 4ファンデーション試験対策』(日経BP)の執筆者である武山祐氏のチームメンバーが、「ITIL 4の変更点」を紹介しつつ、ITIL 4と「セキュリティー」「サステナビリティー」との関係性について紹介する。今回のテーマは「ITIL 4とサステナビリティー」である。
2022年4月より東京証券取引所の最上位市場であるプライム市場において、サステナビリティーを巡る課題への対応状況開示が要請されるなど、企業に向けてサステナビリティーへの取り組みを求める機運が高まってきている。
読者の多くは「環境問題、サステナビリティーへの取り組み」と聞くと、「現在のビジネスの価値を減じてでも対策しなくてはいけないもの」とネガティブにとらえるかもしれない。ITILの最新バージョンITIL 4では、サステナビリティーを「経済的、環境的、社会的発展に関連するリスクと機会に対処しながら、社会およびその他の利害関係者に長期的な価値を創造することに焦点を当てたビジネスアプローチ(筆者訳)注1)」と定義している。実際、サステナビリティーへの取り組みを「長期的な事業利益をもたらす経営戦略」と位置づけて新たなビジネスモデルを検討・展開している事例も現れている。
サステナビリティーには、環境、社会、経済の3つの面がある。本記事では、環境面でのサステナビリティーを実現する上で重要な概念となる社会経済モデル「サーキュラー・エコノミー(循環型経済)」について説明し、ITILを活用して、環境面でのサステナビリティーへの取り組みの改善をしていく方法を紹介する。
サーキュラー・エコノミーとは
サーキュラー・エコノミー(循環型経済)とは欧州を中心に提唱されている社会経済モデルであり、環境面でのサステナビリティー(持続可能性)実現のアプローチとして注目されている。サーキュラー・エコノミーの概念を一言でいうと、「資源を新たに採取するのではなく、既存のものを使いまわす」である。
従来の基本的な社会経済スタイルである「リサイクル・エコノミー(図1左)」では、資源を採取し、製品を作って使い、要らなくなったらそのほとんどは「ごみ」として捨てる、といった資源の大部分の流れが一方通行なものであった。一方、サーキュラー・エコノミー(図1右)は、使用済みのものは「ごみ」ではなく「資源」と考え、極力新しい資源を投入せずに、資源を何度も循環させること、ごみを発生させないことを前提としている。
サーキュラー・エコノミーを実現するためには、「つくる・つかう・再生する」のサイクルを考慮したサービス・製品設計が必要である。また、サーキュラー・エコノミー実現のための戦略的アプローチとして、製品そのものを所有するのではなく製品がもたらす価値を享受する「製品のサービス化」が提案されている。一例として、シェアサイクルやレンタカー、および、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)・PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)・IaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)などのクラウドサービス事業も「製品のサービス化」として挙げることができる。
サーキュラー・エコノミー実現のための戦略的アプローチ(IT編)
サステナビリティー実現のためには、IT・デジタル技術の導入・利用に当たってサーキュラー・エコノミーを意識すべきである。
まず、使用するIT機器がサーキュラー・エコノミーにのっとったものである必要がある。そのためには、「つくる」段階で再生資源が活用されていること、長期利用・リサイクルのことを考えた商品設計がなされていること、「つかう」段階で機器の修理が容易であること、「再生する」段階で使用済み機器の回収方法が整備されていることなどが重要となってくる。このような課題に業界全体で取り組むために、大手電子機器サプライヤーや大手グローバルIT企業が参加する民間連盟「Circular Electronics Partnership」が2021年3月に発足している。
次に、IT機器は多大な電力を使用するため、使用電力についてもサーキュラー・エコノミーにのっとっているか考慮する必要がある。その際、使用電気の「質」と「量」の2つの観点が重要である。
「質」に関しては、できるだけ再生可能エネルギー由来のものを使用することが重要となる。大手クラウドベンダーでは自社のデータセンターにおける電力使用の大部分を再生可能エネルギーで賄っていると発表している。自分たちで再生可能エネルギー由来の電力を調達することが難しい場合にはクラウド移行を検討することも一案である。
外部リンク Amazon「Sustainability in the Cloud ? Amazon Sustainability」 Microsoft「We’re increasing our carbon fee as we double down on sustainability」 Google Cloud「100% 再生可能エネルギーを4年連続で達成 - 今後の展開」「量」に関しては、消費電力を削減するため、省エネルギー設計されたIT機器を使用する必要がある。IT機器上で動作するソフトウエアについても、その設計・構成により消費電力に差が生じうると考えられるが、まだ知見がほとんどない状況である。ソフトウエア開発・設計の二酸化炭素の排出削減に取り組む非営利団体「Green Software Foundation」が2021年に大手グローバルIT企業やITコンサルタント会社を中心に発足した。日本からはNTTデータが運営メンバーとして参画しており、今後のノウハウ・ツール・ベストプラクティスの蓄積が期待される。
ITILを活用したサステナビリティーへの取り組み
ここでは、オンラインゲームを提供しているとある架空の会社を例に、ITILを活用した環境面でのサステナビリティーへの取り組みを考えてみよう。組織のサステナビリティー活動が一度限りの活動ではなく継続的なものとするため、ITILの管理プラクティスのうち「継続的改善モデル(図2)」をベースとするとよいだろう。
「ビジョンは何か?」について
この会社では、サステナビリティーへの取り組みを「長期的な事業利益をもたらす経営戦略」と位置づけ、「3年以内にオンラインゲーム業界で最もサステナリビリティーを考慮した企業になる」というビジョンを掲げた。
「我々はどこにいるのか?」について
前回の記事で紹介した「4つの側面」を活用して、ビジョンを実現するにあたっての組織とそのエコシステムの課題を包括的に抽出した(図3)。
「我々はどこを目指すのか?」について
課題を基に目標を制定し、「従業員へのサステナビリティー教育ワークショップを実施し参加率を80%以上とする」「全事業で利用している電力の50%を再生可能エネルギーにする」の2つを1年目の目標とした。
「どのようにして目標を達成するのか?」について
1年目の目標に対して4つのアクションプランとその測定方法を定めた(図4)。
「行動を起こす」について
アクションプランを実行し、結果を測定した。
「我々は達成したのか?」について
「どのようにして目標を達成するのか」で決めた方法に従って計測し、目標の達成を確認した。
「どのようにして推進力を維持するのか?」について
一連の活動を継続的なものとするため、以下3つのアクションを実施することとした。
- 経営層と各事業部門間が綿密に連携するために、サステナビリティーを推進する全社組織を設定する。
- 全従業員のサステナビリティーへの意識を高めるために、サステナビリティーに関する項目を全社員のKPI(重要業績評価指標)として設定する。
- エンドユーザーからの理解を得るために、ユーザーイベントやオフラインでのゲーム大会で、自社がサステナビリティーに取り組んでいることをアピールする。
ITILでサステナビリティー実現のジャーニーを
本稿では、サステナビリティーを実現する上で重要な概念となる社会経済モデル「サーキュラー・エコノミー(循環型経済)」の紹介とITILを活用したサステナビリティーへの取り組みの例を紹介した。ITIL 4では拡張モジュールとして「デジタル&ITのサステナビリティー注2)」がリリースされており、ITが環境やより大きなエコシステムに与える影響と、デジタル技術が組織の持続可能性をどのように改善できるかを扱っている。
みなさんのビジネスを前進させる第一歩として、まずはITIL 4ファンデーションを学んでみてはいかがだろうか。
本記事における「ITIL」はPeopleCert groupの登録商標であり、PeopleCert groupの許可のもとに使用されています。すべての権利は留保されています。本記事ではITILの登録商標マークを省略しています。
NTTデータ先端技術 Altemistaテクノロジーコンサルティング室

ITIL(Information Technology Infrastructure Library)とは、サービスマネジメントに関して、世界で広く採用されているガイダンスです。その最新バージョンの基礎レベルの試験が「ITIL 4ファンデーション」です。本書は、その試験に合格するための対策をまとめています。
試験対策は「正確な情報」で準備する必要があります。本書はITILの知的財産を管理しているPeopleCert/AXELOSの公認書籍であり、ITIL 4公式書籍である「ユーザーガイダンス」と「プラクティスガイド」から正確な情報を引用して解説しています。合格を望むすべての人の必読書です。