「データ分析組織をつくったが成果が出ない」――。こうした悩みを解決する書が、『ビジネストランスレーター データ分析を成果につなげる最強のビジネス思考術』(日経BP、2023年)である。「ビジネストランスレーター」とはどういう人材なのかをお伝えするために、現在ビジネストランスレーターとして活躍している2人の転身の軌跡を、同書から抜粋して連載する。今回は、理系人材から転身したAさんのケースの第1回である。
バリバリの研究畑・分析畑を歩んできた理系人材、Aさんのケースです。Aさんは、SQL・R・Pythonなどのプログラミングに精通し、Google Analytics・Tableau・SPSSなどの各種ツール類も自在に使いこなします。さらには、システム開発プロジェクトの主導経験もあり、データ分析者としてだけではなくシステム開発のプロジェクトマネジャーとしても優秀な技術系人材です。
現在は、技術面・ビジネス面のいずれをもカバーするビジネストランスレーターとして活躍しています。実務としては、事業のお客様情報を一元的に管理するCDP(Customer Data Platform)導入の主要メンバーとして、システム開発のマネジメントだけではなく、開発後のCRM(顧客関係管理)・1to1マーケティングの具体化といった施策の立案実行も任されています。
一般に、システム開発者と施策実行者の間には認識の乖離(かいり)が起き、開発されたシステムが結局現場ではほぼ使われない、といったことがありがちですが、Aさんは営業現場に自ら飛び込み、現場の担当者が明確に理解できていなかった課題をマーケティングのフレームを使ってきちんと整理することから始めます。課題の本質をきちんと明確化し、開発者と営業現場の両関係者の目的と理解を共通化することで、両者間の認識に乖離を生じさせず、システム機能を最大限に生かした形でPoC(Proof of Concept、概念実証)を進めます。
しかし、Aさんは最初からそのようなスキルを持つ人材であったわけではありません。当初、マーケティングに興味を持ったこともなく、マーケティングとは営業担当者の勘と経験による不確かなものというイメージを持っていたといいます。当時のAさんの興味関心は、正確なデータ分析のために、より高度な分析手法を身に付けることであったそうです。そのようなAさんがどのようにして分析者とビジネス担当者の双方の立場を理解し、課題解決を行う人材へと成長したのか、順に紹介します。
研究者・分析者としての背景
Aさんは学生時代、音声認識や通信などの信号処理を専攻していました。社会人となってからはR&D部門に配属され研究開発業務を行う傍ら、時折ビジネス担当者からの依頼を受けてデータ分析作業を担当していました。
その時のAさんの考えは「相手の感情より、何よりもファクト(事実)が大事」であり、自身に求められているのは、データ分析により得た「正しい情報」を相手に伝えることであると考えていました。そのため、ビジネス担当者ともめることもあり、相手への伝え方に注意するよう先輩から指摘されることもありましたが、Aさん自身は「理解しない相手が悪い」と考えていたといいます。
Aさんは当時、ビジネス担当者の発言内容がなぜ日々変わるのか、なぜ自身の提供する分析結果をうまく活用できないのか、全く理解できませんでした。あまりに不可解であったことから、Aさんは次の社内異動時にR&D部門を抜け、ビジネス部門への配属を希望しました。ビジネス部門の状況を自分自身で経験してみようと思ったのです。ただ、あくまで経験してみることが目的であり、いずれまたR&D部門へ戻ってくるつもりでした。
希望通り、あるサービスを管轄するビジネス部門へ異動となったAさんは、異動先部署において提供サービスのシステム開発・保守、データ分析を担当するチームに配属されました。結局、所属部署こそ変わったものの業務内容は大きく変わらず、そこでもビジネス担当者の発想や仕事の進め方は理解できず、相変わらず非効率で計画性が無いように感じられました。
せっかく実施した分析結果も施策には使われず、使われない理由も分からないでいます。価値を生み出せない仕事に意味はないと失望したAさんは、ついには転職を考えました。高い分析技術やシステム開発のスキルを持ったAさんは転職市場でも高く評価され、何社かから好条件のオファーが来たといいます。