「データ分析組織をつくったが成果が出ない」――。こうした悩みを解決する書が、『ビジネストランスレーター データ分析を成果につなげる最強のビジネス思考術』(日経BP、2023年)である。「ビジネストランスレーター」とはどういう人材なのかをお伝えするために、現在ビジネストランスレーターとして活躍している2人の転身の軌跡を、同書から抜粋して連載する。今回は、理系人材から転身したAさんの行動の振り返り1回目である。
前回まで、Aさんがビジネストランスレーターとなるまでの歩みを紹介しました。その中で重要なポイントは何か、ここで振り返ってみましょう。
ポイントの1つ目は「相手の懐に飛び込む」ということです。偏見に思われるかもしれませんが、研究畑・分析畑を進んできた方は、あまり積極的に他者とコミュニケーションをとることが好きではなく、むしろ苦手である、という方が多いのではないでしょうか。少なくとも筆者らの周りにおいては、筆者らを含めそのような傾向が見られます。
コミュニケーションが得意ではない人にとっては、Aさんのように他チームのミーティングに飛び込み参加したり、ビジネス領域にあえて踏み込んだりすることは、それらを苦としない方が想像できないほど大きな苦手意識があります。できれば、そのような挑戦は避けたいと思うことでしょう。
では、それを実行できたAさんが特別であったのかというと、実はそうではありません。Aさんもコミュニケーションに積極的な性格ではありませんでした。知らない他者と関係性を築くよりも、自分の環境で自身を高めることを好む性格でした。他チームの環境に入り込み、相手の感情や思いをくみ取り、人を動かしていくことについて、「本当はやりたくなかった」とAさんは苦笑しながら語ってくれました。
しかし、だからこそ「相手の懐に飛び込むこと」は意義があるのです。他者がなかなかやらないこと、できないことだからこそ、実行すれば自身にとって非常に大きな強みとなります。現場の担当者にとって、データ分析者や専門家は「言いたいことを言うだけで、現場のことを知ろうともしない」というのが共通の認識です。そのような中、自分たちの立場まで降りてきてくれる専門家がいたらどうでしょうか。困ったときに本音の相談をぶつけられる関係性を築きやすくなります。
Aさんは転職先の新職場でも組織長に頼み込み、自ら手を挙げて営業現場に1週間、ビジネス現場の肌感を学びに行ったそうです。普段、「本社の連中は現場を理解せず好き勝手を言っている」と不満を持っていた現場担当者は、このAさんの行動を歓迎し、現場の苦労・問題を積極的に話してくれました。それにより、何かあればすぐ連絡できる関係性を築くこともできました。
その後、Aさんの意見はチーム内の誰よりも強い影響力を持つようになります。「現場で実際にこういう声がある」、そう説明できる彼の発言には、机上だけの意見にはない強い説得力が加わりました。関係性ができたため、新しいアイデアに対する現場の感触を知りたいときはすぐに連絡し確認することもできます。会社方針の変化が現場にどう影響しているかの情報も自然に入ってきます。それらは転職早々のAさんにとって何よりも強い力となっています。