ミラーレス一眼「α」シリーズを擁し、レンズ交換式カメラの市場を席巻するソニー。デジタル一眼では後発だったソニーがなぜ今のような地位を築けたのか。「サイバーショット」の草創期からこの分野を担当し、ソニーのデジカメ事業の成長・挫折・逆襲のすべてを見てきたソニーグループ元副会長の石塚茂樹さんに、日経ビジネスの山中浩之シニア・エディターが迫るロングインタビューをまとめた書籍『ソニー デジカメ戦記 もがいてつかんだ「弱者の戦略」』からお届けする。第4回は「ソニーらしさ」の呪縛にとらわれ、試行錯誤していた時期を語る。(技術プロダクツユニットクロスメディア編集部)
※日経ビジネス電子版の記事を再構成

前回伺った「DSC-T1」(2003年発売)に象徴されるように、ソニーのデジタルカメラは、フィルムカメラでは実現できない「新ジャンル」を目指していた。けれど、2002年ごろからだんだんと、いわゆる「カメラ」らしい、本格派というか、従来の写真機のスタイルを引き継ぐ市場の大きさも、意識するようになってきた、というお話でした。

ソニーグループ 元副会長・石塚茂樹さん(以下、石塚):それで、同じ頃に「DSC-V1」というような、まじめなカメラもぼちぼちやり始めていました。いわゆる「電機屋のカメラ」じゃなくて、本当のカメラ。フォトグラフィー用のカメラというのもやらなきゃね、と。
だけど、ソニーのそんな動きはそれほど認知はされていなかったと。
「普通ではないカメラがソニーには求められている」
石塚:というより、「ソニーは本格派に取り組むぞ」という意気込みが市場に伝わるほどには、我々が本腰を入れていなかった、ということだと思います。「やはり、ソニーには『ソニーのデジタルカメラ』らしい、普通のカメラとは違うものが求められているのだ」という考えから抜けることができなかった。そうであってほしい、いや、そうでなくてはならない、と。
そういえば「DSC-F1」(1996年発売)のスタイルも長く引き継がれてきて、2004年にはついにこのFシリーズの決定版と言えそうな、「DSC-F88」が登場しました。

石塚:そうなんですけど、残念ながらこのF88はあんまり売れなかったんですね。
ありゃ。
石塚:サイバーショットのFシリーズは、薄型で回転レンズ、というデザインと機能がよかった。第3回でお話ししたF55Kでバッテリーの問題も解決した。けれども、ズームレンズが付いていないというのが、大きなウイークポイントになっていて。
やっぱりズームは、販売競争に勝つには絶対に入れなきゃねと。
石塚:はい。これはヒットしたT1でも、P1でもそうでした(ズームレンズを搭載していた)。単焦点レンズ、という「割り切り」は、それなりに大きくカメラの機能・用途を制限している。そこで、ついにF88で、Fシリーズに光学ズームを入れたモデルをつくりました。
より薄いT1に、03年に光学3倍ズームを搭載しているわけですから、技術的には問題なく。
石塚:いやいや、裏話を言うと、回転レンズにズームを入れるのって結構大変なんです。T1は折り曲げ式の潜望鏡型のレンズで、本体の底面にイメージセンサーを配置しましたが、F88ではこれを横置きにして、この中(回転レンズ部)に入れました。
レンズ部は基本的にはT1の流用ということですね。
石塚:そう。設計や部品は共用したんです。回転部にレンズを入れるので、ハーネスの出し方が違いますけれど。で、ズームレンズを搭載することはできたんですが、いまいち、ちょっと厚くなったんですよね。やっぱりここのフォームファクターにズームを入れるのは結構大変だった。そして、この前の機種のF77でスリム化した大容量バッテリーができていましたので、電池の持ちの問題もなくなりました。
F88はサイバーショット初代のF1の、単焦点、持たない電池、内蔵メモリー、という3大弱点を、光学ズーム搭載、大容量バッテリー、メモリースティック、で、すべて解消したわけですね。
石塚:そうなんですけれど、F1からここまで8年かかっちゃったんです。もちろんそこそこは売れましたが、「驚き」「感動」は、改善が徐々にしか進まなかったので、小さくなった。最初からすべてできていれば大ヒットしたかもしれませんけれど。
うーん。待っている間に、さすがの「ソニーらしい」デザインも見慣れてしまって、新鮮味が薄れたことは否めません。
石塚:もともとこのシリーズは回転レンズのためにスペースを要するので、小型化には不利なんです。レンズが真ん中にある普通のカメラのフォルムが主流になる中で、今後もセンサーの拡大やズーム倍率の向上が続くとすれば、もうFシリーズでは限界だろうということになり、このモデルが最後になりました。
機能とスタイルの両立は難題ですね。
石塚:性能を割り切らないで「あれも、これも」といろいろやると、サイズ制限とデザインとのせめぎ合いの中で、どこか中途半端な感じになっちゃう。でも、求められる性能を切ってしまうと市場にそっぽを向かれます。
ヨン様登場、それでもイマイチ
石塚:見た目と、性能とのバランスですね。ソニー製品の持ち味、真骨頂は、「こんなに小さいのにこの性能」という驚きです。見た目がすっきりシンプルで小型なのに、機能、性能がすごい、という。割り切りのバランスがうまくないと、そこが甘くなる。
それをユーザーの言葉で言わせていただくと、「ギャップ萌え」ですね。サイズ感と、そこから予想される性能の落差というか「こんなことまでできるのか」という驚きが魅力なので。そうか、だから最初のサイズ感にショックがないと、性能がいくら良くなっていても「まあ、このくらいできるだろうね」になっちゃうということか。
石塚:そういえば、もっと小さい「ハワイ」シリーズ。
「スシ」ですね。
石塚:そうそう、スシことUシリーズもまだまだ商品改良を頑張った。自撮りができる回転レンズ搭載機(「DSC-U50」、2003年発売)を出し、それでも売れないのは「やっぱりズームがないからだ」というので、小さな光学ズームを入れたL1(「DSC-L1」、2004年)というのをつくったんです。しかも、広告にはペ・ヨンジュンさんを起用。


ペ・ヨンジュンさん? って、あの、「ヨン様」ですか。これは懐かしい。
石塚:そう。当時人気を博していた韓国のテレビドラマ「冬のソナタ」のヨン様をテレビコマーシャルに起用したんだけれども、これも売れなかった。
なぜだと思われます?