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『ソニー デジカメ戦記 もがいてつかんだ「弱者の戦略」』
『ソニー デジカメ戦記 もがいてつかんだ「弱者の戦略」』

 ミラーレス一眼「α」シリーズを擁し、レンズ交換式カメラの市場を席巻するソニー。デジタル一眼では後発だったソニーがなぜ今のような地位を築けたのか。「サイバーショット」の草創期からこの分野を担当し、ソニーのデジカメ事業の成長・挫折・逆襲のすべてを見てきたソニーグループ元副会長の石塚茂樹さんに、日経ビジネスの山中浩之シニア・エディターが迫るロングインタビューをまとめた書籍『ソニー デジカメ戦記 もがいてつかんだ「弱者の戦略」』からお届けする。第5回はカメラメーカーに挑んだ「DSC-F828」「DSC-R1」。パソコン並みの機能を目指した「DSC-G1」「DSC-G3」など、試行錯誤の過程で生まれたユニークなモデルのお話。これらは開発チームの士気向上にも実はつながっていました。(技術プロダクツユニットクロスメディア編集部)

日経ビジネス電子版の記事を再構成

石塚 茂樹(いしづか・しげき)
石塚 茂樹(いしづか・しげき)
ソニーグループ 元副会長 1981年4月ソニー入社。2001年 4月 パーソナルイメージングカンパニー プレジデント。 04年8月ソニーイーエムシーエス(現ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ)執行役員常務。06年11月ソニーデジタルイメージング(DI)事業本部長。業務執行役員SVP、デバイスソリューション事業本部長、DI本部長、執行役EVPを経て17年4月ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ代表取締役社長。ソニー専務を経て20年4月ソニーエレクトロニクス(現ソニー)代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)、20年6月ソニーグループ代表執行役副会長、23年3月末をもって退社 (写真:大槻純一)

前回は大変興味深いお話をいただきました。自分のような外野からは、ある程度使いにくくても、個性的な、びっくりするようなデザインや機能をソニーの製品に求めてしまいます。外野ですから、売れるかどうかは気にしないわけですね。でも、ソニーの中でも「他と違うことをやるのがソニーらしさで、ユーザーもそれを求めている」という思いが、製品開発を縛っていた。

ソニーグループ 元副会長・石塚茂樹さん(以下、石塚):そう、そして、前回の言葉を繰り返すと「今から思えば『えっ』と思うようなトライ&エラーを通して、だんだん、だんだん、カメラの本質的な性能というか、求められているものに気付き始めるわけですね。お客さんに選ばれないという事実を目の当たりにして」。

ようやく分かってきました。ここまで、激戦区の一般ユーザー向けコンパクトデジタルカメラ市場でのソニーの戦いを伺ってきましたが、いったん時計の針を巻き戻して、本格的なカメラの市場を目指してきた経緯を、製品を通して振り返っていただきたいと思います。ちなみに、「本格派カメラが必要だ」という気付きが生まれたのはいつ頃でしょうか。

本格派カメラへの苦闘

石塚:そうですね……本格派カメラ志向のモデルは1998年の「DSC-D700(サイバーショット・プロ)」の頃からありましたが、本気でやらないと、となってきたのは2003年に「DSC-V1」を出す頃からかな。これは競合メーカーの本格派カメラをかなり意識した商品です。

DSC-V1(2003年5月)510万画素CCD、光学4倍ズームを搭載。普及モデルでは物足りず、さりとてデジタル一眼レフまではちょっと、という中級者をターゲットとした(画像提供・ソニーグループ、以下同)
DSC-V1(2003年5月)510万画素CCD、光学4倍ズームを搭載。普及モデルでは物足りず、さりとてデジタル一眼レフまではちょっと、という中級者をターゲットとした(画像提供・ソニーグループ、以下同)

V1の売れ行きはどうだったのでしょうか。

石塚:マスを狙った商品ではないので、そこそこでしたね。可もなく不可もなく。

当時の「本格派のコンパクトデジタルカメラ(コンデジ)」というと、キヤノンの「PowerShot G」シリーズ(「G1」が00年発売、以降ほぼ毎年新型が登場する)が仮想敵でしょうか。05年にソニーからは、光学12倍ズーム搭載の「DSC-H1」が出てきますが、こちらもそういう狙いですか?

石塚:高倍率ズーム搭載機のHシリーズは、基本的に本格派コンデジとは別に考えたほうがいいと思います。こちらは他社さんによって市場ができてきまして、僕らがそこに参入した形です。ビジネス上は脇を固めるというような感じのものです。日本より海外でよく売れましたね。

DSC-H1(2005年6月)光学12倍ズームレンズと光学式手ブレ補正機能を搭載
DSC-H1(2005年6月)光学12倍ズームレンズと光学式手ブレ補正機能を搭載

なるほど。ところで、V1発売から約半年後の03年12月に「DSC-F828」という、明らかにそれまでのFシリーズの3ケタ番台とは違う異形のカメラが出てきます。ルックスもがらっと変わりましたし、プレスリリースを見ると、撮像素子は「世界初の4色カラーフィルターを採用した『4 color Super HAD CCD』」。レンズは「F値2.0-2.8光学7倍ズームレンズ(広角28mm-望遠200mm)」。そしてお値段は「希望小売価格16万円(税抜き)」。本格派コンデジ、やる気満々、という感じですけれど。

DSC-F828(2003年12月)F値2.0-2.8の明るい光学7倍ズームレンズ、新開発の4色カラーフィルターを採用した撮像素子、画像処理システムなどなどを搭載。本格派カメラへの意気込みを感じさせるカメラ。Fシリーズらしくレンズ部は回転する
DSC-F828(2003年12月)F値2.0-2.8の明るい光学7倍ズームレンズ、新開発の4色カラーフィルターを採用した撮像素子、画像処理システムなどなどを搭載。本格派カメラへの意気込みを感じさせるカメラ。Fシリーズらしくレンズ部は回転する

石塚:F828は実はいわく付きといいますか、いろいろあったカメラです。うちのエンジニアがものすごく思い入れて開発をやった撮像素子を搭載しています。撮像素子、イメージセンサーって普通はRGB(赤・緑・青)の3色コーティングなんですけれども、ここにE、エメラルド(青緑)を入れて、色の帯域を広げました。

今でもこの機種の色味を称賛する個人のブログを見かけます。

石塚:ありがたいですね。いい色味が出るには出たんです。しかし実は、カメラのレンズには「パープルフリンジ」といって、被写体によっては画像のエッジの部分に紫色の偽色が出てしまう現象が稀(まれ)にあるんです。最近はレンズの性能や画像のデジタル補正でかなり改善できるんですが、そういう技術が当時はなくて。

なくて?

石塚:悪いことに、このF828のレンズはその現象が少し出てしまうレンズで。かつ、赤や青緑色の情報量が増えた4色コーディングなので、これを強調してしまう。発売前から気が付いていて、レンズを交換できないし、悩んだ末に出したのですが、やはりちょっとこれはいかんというので、これ一発で終わりました。

スペックからしても明らかに一眼レフを意識したモデルだと思うのですが、不発に終わってしまったと。レンズ一体型での「本格派のカメラ」への試みがなかなか実を結ばない中で、どうしてもレンズ交換式の一眼レフが視野に入ってくると思うんですが。

コンデジで一眼レフに対抗できないか

石塚:うん、2000年代に入ると、他社さんがいわゆる「デジタル一眼レフ」を民生用に出して、それが売れ始めた。そういうのを横目で見ながら「僕らもやりたい」と思っていました。

デジタル一眼レフの価格帯をニコンのD1が一気に下げたのが1999年でした。それでも65万円でしたが。これに使われた撮像素子は確かソニー製の「APS-C」サイズCCDでしたから、自分たちでデジタル一眼レフをやろうと思えばやれるわけですね。

石塚:いやいや、撮像素子だけでは。「そろそろ本当の一眼カメラが欲しいよね」といっても、交換レンズのエコシステムを持っているわけじゃないし、メカニカルシャッターを開発できる実力もないし。

交換レンズ資産がゼロというのはいかにもつらい。本体と同時にレンズもそろえよう、となるとすごい投資とノウハウがいる。

石塚:そうすると、「じゃあF828の系列で、一眼レフと同等の画質のカメラをつくれないか」、ということになって。イメージセンサーはAPS-Cサイズにも匹敵する大判のCMOSセンサーを入れたデジカメをつくるんですよ。レンズも新しく開発しました。それが「DSC-R1」です。

DSC-R1(2005年11月)当時勃興してきたデジタル一眼レフと真っ向勝負の意気込みを感じる一体型のデジカメ。撮像素子(1030万画素)も外寸も、レンズ交換ができないことを除けばデジタル一眼レフとほとんど変わらないビッグサイズ
DSC-R1(2005年11月)当時勃興してきたデジタル一眼レフと真っ向勝負の意気込みを感じる一体型のデジカメ。撮像素子(1030万画素)も外寸も、レンズ交換ができないことを除けばデジタル一眼レフとほとんど変わらないビッグサイズ
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これは一眼レフのような、ミラーとペンタプリズムは持っていないんですね。

石塚:はい。フリーアングル液晶モニターが付いています。

これ、モニターを上に跳ね上げるんですか。これはかっこいい。

石塚:レンズは固定(24ミリ-120ミリ光学5倍ズーム)です。だけど、撮像素子が大きくて画質が良く、マニュアル機能がいっぱい付いている。

なるほど、今もこういう大型の、レンズ交換を「しない」デジカメはありますね。そして「デジカメwatch」さんの記事によれば、ちょうどこの05年ごろは、高性能なコンデジから小型・低価格のレンズ交換式デジカメへの移行が始まった時期のようですね。デジタル一眼レフでも、キヤノン「EOS Kiss Digital N」やコニカミノルタ「α-Sweet DIGITAL」などの、本体の価格(レンズは別)が10万以下の機種が登場し始めた。そこにソニーはR1をぶつけた格好です。

石塚:でも、R1はあまり売れませんでした。それなりに高い性能ではあるけれども、一眼レフに比べるといろいろ見劣りすること、そしてソニーがこういうハイスペックなモデルを出しても、評論家やメディアからは「電機屋さんのカメラでしょう」と受け止められてしまう。

過去の実績がないからですか。

石塚:何より、本当に写真やカメラが好きな方は、こういうカメラは別にいらないわけですよね。すでに市場にニコンもキヤノンもあるわけですから。しかも、「レンズ交換できないじゃん」と言って、終わりです。

 ちなみに、よく考えたら、私、このとき、いったんデジカメの現場を抜けていて。

えっ、どこにいらっしゃったんですか。