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 技術の発達に伴い、様々な業界で従来のビジネスモデルを変革するDX(デジタルトランスフォーメーション)の動きが活発になってきた。企業と消費者の関係性や商品の売り方も大きく変わりつつある。その1つの表れが「D2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)」と呼ばれるビジネスモデルの拡大だ。直訳すると「消費者との直接取引」となり、一見ただの「直販」と思われるかもしれない。しかし、D2Cの本質はデジタルの力を使って顧客の購買プロセス、購買経験を革新することであり、これは昔からある直販だけにはとどまらない概念だ。

 また、D2Cにはテクノロジーも関与するため、D2Cを実現する企業はある種のテック企業の側面を持つ。DX時代のビジネストレンドとして、エンジニア視点からもD2Cの概要を知っておきたい。本記事ではD2Cについて従来の直販などとの差異を示しつつ、先行する米国の事例とその本質を解説する。

オンラインの直販と何が違う?

 D2Cはしばしば、「メーカーが中間流通を介さず、自社のEC(電子商取引)サイトなどを通じて商品を直接消費者に販売するビジネス」と説明される。この定義だと、「以前から存在するSPA(製造小売業)のビジネスモデルと同じではないか」と疑問に思う人もいるかもしれない。SPAは自社で商品の企画・製造・販売までを一貫して手掛ける業態で、顧客に直接商品を届けるという点でD2Cと紛らわしい。そこで、今日ではSPAや直販と区別してD2Cという言葉を用いる場合は、特に以下の3つの要素を含むビジネスを指す。

[1]商品・サービスのコンセプトを顧客と共有し、共感を呼ぶマーケティング戦略
[2]データ分析などのテクノロジーを駆使した購買プロセスの最適化
[3]直販による中間コスト削減による低価格化の実現

 まず[1]のマーケティングについては、D2Cでは商品そのものに加え顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)も含めた価値を提供するのが特徴だ。WebサイトやSNS、アプリケーションなどを通じた情報発信により、創業時の思いや商品のコンセプト、その商品で実現できるライフスタイルなど、いわば世界観を消費者に直接訴える。単純に商品を売るだけでなく、自社のファン作り、コミュニティー作りから始める。

 [2]については、D2Cにはデジタル技術のイノベーションが欠かせない。高速なインターネットアクセスやスマートフォンの普及、データ分析やIoT(インターネット・オブ・シングズ)技術の発展、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の一般化などにより、マーケティングやカスタマーエクスペリエンスの調査・改善がより精緻に、低コストで実現できるようになった。

 例えば従来のマーケティングでは、顧客を知るための広告宣伝の認知度調査やユーザーニーズ調査などに多大なコストが発生していた。また、ユーザー個人単位でのデータ収集や分析には工数がかかるため、調査対象者を限定したうえで集団としてのデータしか捉えることができなかった。そのため顧客ごとの感情変化や行動を把握・分析したうえで、最適な購買プロセスで最適な製品・サービスを提供するのは難しかった。D2Cではインターネット上でのデジタルマーケティングの実施やECプラットフォームの活用、データ分析基盤の駆使によってこうした課題を解決している。

 特にデータ分析の観点では、D2Cはオンライン直販を主にするため小売店などを経由せずに顧客のデータを直接自社で把握できる。さらに、データから得た知見を生かして商品やカスタマーエクスペリエンスを改善したら、その結果も顧客に直接届けられる。つまり顧客の購買体験をメーカー側でコーディネートしやすくなるのだ。

 顧客に合わせて最適化されるのは購買プロセスだけではない。商品やサービスの付加価値も同様だ。従来、企業では自社の想定顧客を属性ごとのクラスターに分け、その集団が何を求めているかを想定して商品やサービスを開発・提供してきた。現在ではIoTによるセンシングなどの技術を使って個々の顧客の趣味・嗜好、行動、感情に関するデータを収集し、その分析結果を基に膨大なバリエーションの中から最適な商品をリコメンド可能になった。マスカスタマイゼーション(顧客の要望に応えて製品をカスタマイズしつつも、マス[大量]に生産する考え方)の発達により、オーダーメード商品の提供も以前より容易になりつつある。

 [3]については、D2Cでは流通マージンを抑えられるぶん、低価格な商品提供が可能となる。コスト競争力が高まるため、非D2Cの他社に比べて優位になる。