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(写真:東京大学)
(写真:東京大学)

高度な情報化社会ではどのような“身体”が最適なのか。新たな身体像として「自在化身体」を提唱する、東京大学先端科学技術研究センター教授の稲見昌彦氏は、自らの肉体という制約から解放され、物理世界とバーチャル世界に拡張されたあまたの身体を自由自在に使い分ける未来を描く。その未来が社会に何をもたらすのか、同氏に聞いた。(聞き手:東 将大、内田 泰、野々村 洸)

稲見先生は科学技術振興機構(JST)による研究支援活動「ERATO」で、5年間の時限プロジェクト(2018年4月から23年3月まで)として「稲見自在化身体プロジェクト」の研究総括をされています。「自在化身体」の基盤構築が目標だそうですが、何を目指しているのでしょうか。

 我々には1つの身体と心があります。身体は成長や加齢に伴う変化はありますが、基本的に変化させることはできません。そこで、新たな心と体の関係性を様々な実践を通して作っていきたいというのが当初からの計画です。

 具体的には5つのターゲットがあります。第1に「超感覚」で人間の五感をテクノロジーで拡張していく。第2に「超身体」。インプットである五感に対して、アウトプットの部分をエグゾスケルトン(外骨格)などで支援することで、これまで普通の人間ができなかった仕事を可能にします。

 第3に「幽体離脱」もしくは「変身」です。これは心の位置と体の位置を分離して設計したもののことで、アバターロボットやVR(仮想現実)世界のアバターが相当します。第4が「合体」です。複数の人が1つの身体を共有して動かすような技術で、我々の研究では遠隔二人羽織ロボット「Fusion」があります。最近では、VR空間で2人の操作者が共同で1つのアバターを操作する研究で、アバターに2人の平均的な動作を反映させると、個々での作業よりも動きがなめらかになり効率よく動けるという成果を得ました。第5が「分身」で、1人で複数の身体を操れるようにする技術です。

 「超感覚」と「超身体」は、リハビリテーションのような福祉分野や難易度が高い作業で使われるようになるでしょう。「幽体離脱」や「変身」は、コミュニケーション分野などに活躍の場があります。「合体」と「分身」については、まだ研究段階の要素が多くあり、「分身」に関しては、内閣府が主導する「ムーンショット型研究開発制度」の中で目標の1つに掲げられています。

自在化身体プロジェクトを進める中で、開始当初にはなかった新たな知見などは得られたのでしょうか。

 フィジカルスペースとサイバースペースが有機的に統合された世界、つまり「Society 5.0」では、情報を足し算する技術だけではなく、引き算をする技術が大切だと分かりました。足し算の発想だけで作っていくと、かえって邪魔な要素がたくさん出てきて、脳の認知的な負荷が高まって快適性が失われてしまいます。機能を減らすことで生まれるメリットもあります。すると拡張だけではなくて“人間の縮減”みたいなこともあるはずですし、もっと言えば拡張するなり縮減するなりの過程そのものが、実は研究対象として重要ではないかと意識するようになってきました。

 もう1つ強調しておきたいのは、人間拡張は社会との関係性、つまり環境側も含めてアプローチしていくことが重要な点です。これを認識するきっかけになったのが、私の研究室の博士課程の学生が開発した「けん玉できた! VR」です。5分間程度のVRトレーニングでこれまで成功したことがない技の習得を支援するシステムで、私にとってはかなりショッキングなものでした。VR環境でスローモーションという“イージーモード”をうまく作り出すことによって成功と失敗を適切に繰り返し、モチベーションを保ったまま、環境側を変化させて実時間に持っていく。それによって、できなかった技が実際にできるようになるのです。

 VRの人間拡張への価値というのは『ドラゴンボール』でいうところの「精神と時の部屋」(外と時間の進み方が異なり、1日で1年分の時間が経過する修業部屋)を作れることかもしれません。例えば、高地トレーニングの代わりに、めちゃくちゃ速いボールが飛んできたり、時間が早く進んだりというようなVR環境を用意してもいいわけです。