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コミュニケーション能力や感情を自在にコントロールする能力。目に見えず数値化も難しいが、確実にこうしたスキルに優れている人はいる。こうした“ディープスキル”の一般化に向けて、科学と技術のメスが入り始めている。

他人の目線で超理解

 現在のような言語を用いたコミュニケーションでは得られない、新たな意思疎通を可能にするのがディープスキルの「感覚融合」だ。他人の考え方などへの理解を深め、他人の感覚を自らに取り込むスキルである。

 シカゴ大学コンピュータサイエンス研究科研究員の西田惇氏は、身体的な体験・経験などを、技術を用いて非言語コミュニケーションとして伝達する新しいコミュニケーションツールを研究している。その中で同氏は、大人が失った「子どもの頃」の感覚を取り戻す開発品を世に送り出している。

 具体的には利用者が腰にカメラを設置し、そのカメラ映像をVRゴーグルで見るというものだ(図1)。5歳児ほどの視線を再現でき、子どもに憑依(ひょうい)したように周囲を見ることができる。

(a)子ども視点を疑似体験
(a)子ども視点を疑似体験
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(b)子どもの手を疑似再現
(b)子どもの手を疑似再現
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図1 子ども感覚の「目」と「手」を思い出す
腰につけたカメラで子どもの目線で外界を見る(a)。子どもの手を模倣したグローブで、子どもがモノを持つときの感覚も得られる(b)。例えば、子どものような低い目線で病院などの施設がどのように見えているのかなどを疑似的に体験できたり、子ども向けの製品の評価に使える。大人になったユーザーが「子ども」に憑依(ひょうい)するようにして理解を深められる。(写真:西田惇)

 この開発品で重要なのは、見ている映像が利用者にとってしっかりとした現実であることだ。「VR空間などで背丈を小さくする操作をしても、それでは現実世界のコンテクスト(背景情報)が失われてしまう」(同氏)。大人はデバイスの装着を通し、子どもだったら知人や周囲の環境をどのように見ているのかという現実とのギャップを体験できる。「VRゴーグルとカメラを装着した大人が周囲に対する見方を変えたものとしてパーソナルスペースがある。デバイスを装着した大人は、装着前と比較してパーソナルスペースの領域が拡大した」(同氏)。つまり周囲の背丈が高い大人などに圧迫感を感じて距離を取っている状態だという。

 このように子どもの目線で周囲がどのように見えているかなどを疑似的に体験することで、「本当の子ども」にとってどういう環境にしてあげればいいのかを考えるきっかけにもなる。従来は言葉で理解していたつもりの感覚を、さまざまな立場の人に憑依することによって身をもって理解するスキルを手に入れられるのだ。

 西田氏は、子どもの「手」を体験できるグローブも開発している。そのグローブを手にはめると、子どもを模した指で小さなものしかつかめなくなる。「数値的に子どもの手を評価できる仕組みは存在する。しかしグローブを利用すると、寸法などの数値と別に、子どもの手で使いやすいのかということを直感的に判断できる」(同氏)。

 同氏は、筋活動の伝達で身体感覚を共有する研究も進めている(図2)。生体電位信号を送受信し、筋肉の動きから直接的に他人の動作・感覚を理解できる。筋肉の震えなどの症状がある疾患を共有すれば、その疾患を理解した製品づくりに生かせる。身体感覚の共有を通じた正しいリハビリテーションの伝達も可能だ注1)。同技術を使って1対多数で感覚の共有ができるようになっていけば、リハビリだけでなく、運動や芸術分野においてスキルの伝達などができるようになるかもしれない。

(a)筋活動を共有
(a)筋活動を共有
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(b)疾患体験による製品デザイン
(b)疾患体験による製品デザイン
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(c)筋活動共有によるリハビリ
(c)筋活動共有によるリハビリ
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図2 筋活動を共有して身体感覚を共有
生体電位信号の送受信で筋活動を共有(a)。筋肉の震えなどの疾患を共有して製品デザインに生かす (b)。筋活動の共有を通したリハビリの様子 (c)。自他の身体の動きを共有することで、他者の理解を深めた製品開発に努めたり、非言語情報の指示を出したりなどをしやすくできる。1対多数の指示も可能になる。 (写真:西田惇)
注1)西田氏はソニーCSLリサーチャーの笠原俊一氏と「筋刺激での運動主体感」を共同研究している。具体的には筋刺激を人の反応時間よりも80ms速く動かしても運動主体感(自らの意志で動かしたような感覚)を保存できるというものだ。リハビリ、スポーツ・楽器演奏などを学ぶ際、筋活動の伝達の利用で学習能力・意欲向上につながる可能性がある。