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 2020年1月30日、大日本住友製薬とAI(人工知能)創薬を手掛ける英Exscientia(エクセンシア)は新薬候補の化合物「DSP-1181」の臨床試験(治験)が日本で始まったことを告げるリリースを発表した。治験の開始自体は製薬企業にとって何の変哲もない発表だが、この発表は業界からは衝撃をもって受け止められた。それはこのリリースが、AI創薬がいよいよ実用段階に入ったことを知らせるものだったからだ――。

 AI創薬とは薬の研究開発の過程でAIを活用することだ。人間が担っていた作業を自動化して効率を上げたり、人間には思いもつかない発想を提供したりすることが期待されている。一口にAI創薬といってもその中身は多様性に富んでいて、市場にはすでに様々な創薬支援AI技術がひしめいている。

 そもそも薬はどのように疾患を治療するのか。全体像をイメージするには鍵と鍵穴を思い浮かべるとよい。ある疾患が生じている原因は扉が閉まっているせいだとすると、鍵穴を見つけて適切な鍵を差し込めば疾患は治るはずだ。鍵穴を見つける作業と、それを開けるのにふさわしい鍵、すなわち薬を用意するというのが創薬研究の基本的なイメージになる。

従来は製薬企業が単独で進めてきた創薬研究が、AIの浸透によって水平分業化している
従来は製薬企業が単独で進めてきた創薬研究が、AIの浸透によって水平分業化している
(出所:日経クロステック)
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 実際に新薬が患者に投与できるようになるまでには、以下のようなプロセスを経るのが一般的だ。まず治療したい疾患の原因になっていると考えられる分子、つまり鍵穴を探す「ターゲット探索」を行う。鍵穴が見つかれば、次はそこに作用する鍵を作り出す「化合物設計」に移る。作られた化合物は「化合物スクリーニング」と呼ばれる過程でターゲットの鍵穴を上手に開け、かつ他の鍵穴は開けられない(副作用が少ない)といった条件に従って絞り込まれる。設計とスクリーニングを繰り返して「化合物探索」を進めることで鍵の最適化を行い、動物実験などを行う非臨床試験、人間に投与する治験を経て実際の医療現場で使えるようになる。

 AI創薬ではこうした複雑な創薬プロセスにAIを応用していくことになる。ではAIを用いて創製された化合物として世界で初めて治験入りしたといわれている大日本住友製薬とExscientiaの新薬候補化合物DSP-1181の事例では、どのようにAIが使われたのだろうか。