AI(人工知能)を活用した創薬が実用段階に入り、それが「当たり前」の手法として定着するそのときに、生き残っているのはどんなAIだろうか。AIはあくまで人間が使うものという基本に立ち返れば、1つのヒントが見えてくる。それはいかに人間にとって使いやすいかということだ。
入力と出力だけを学習して処理過程をブラックボックス化してしまう「end to end」の考え方に代表されるようなAI特有の性質は、人知を超えた発想をもたらす可能性があるものの、逆に人間には受け入れがたいという側面もある。AIのメリットをできるだけ損なうことなく、人間が受け入れやすいように工夫している創薬支援AI技術も登場している。
人とAIの対話サイクルを回す
インテージヘルスケア(東京・千代田)、理論創薬研究所(神奈川県藤沢市)、アフィニティサイエンス(東京・品川)の3社が提供するAI創薬プラットフォーム「Deep-Quartet(ディープカルテット)」は、研究者へのリスペクトが込められたネーミングだ。深層強化学習など核となる3つの技術に加えて、製薬企業の研究者の知見を含めた4種類のノウハウが四重奏を奏でることで、よりよい創薬につながるとの思いが込められている。
Deep-Quartetは化合物設計を支援するAIの一種だ。導入先の企業が持つ化合物ライブラリーを学習し、新薬候補となる化学構造を生成する。特徴的なのはその次の段階で行われる深層強化学習のプロセスだ。
ここでは研究者の知見を生かして構造条件などを設定し、生成された各化合物についてその条件に対するシミュレーションの成績をスコア化する。スコア化した化合物を再度学習させ、スコアが高い化合物には報酬を与えるように設定しながら同じサイクルを繰り返す。こうして深層強化学習のサイクルを回すことでスコアの高い化合物が生成されるようになるという仕組みだ。
このスコア化に用いる条件は研究者が設定するため、研究者側とAI側の対話の余地が残されているといえる。インテージヘルスケア創薬支援室長の村上竜太氏は「『計算ではそう出るけど現実は違う』と言われることは多い。うまく使ってもらうためにはAIによる提案と研究者による条件設定というサイクルを繰り返すのが大切だ」と強調する。
一般的にAIが提案する化合物は、理論的に構造式は作れても実際には合成できないこともあるが、Deep-Quartetは実合成が可能かどうかという点も重視している。Deep-Quartetのプラットフォームは化学合成を担う神戸天然物化学(神戸市)とも連携しており、実際の化合物を納品するところまでカバーしている。
村上氏は「AI技術者と創薬研究者との間にある断絶を乗り越えるためには、実際に実験までやってみようと思わせないと駄目だ」と指摘する。2019年12月からは武田薬品工業との共同検証プロジェクトも進んでいる。2021年2月にはDeep-Quartetを用いて設計・実合成したDDR1キナーゼ阻害剤が高い活性を示したという内容の論文も発表した。「プラットフォームの実用性を示す実績を積み重ねれば、製薬の現場でも受け入れやすくなるはずだ」(村上氏)