「常識外れ」な挑戦によって携帯電話業界に新風を巻き起こしている楽天グループ(以下、楽天)。楽天の次なる「非常識」は、米国の新興衛星通信事業者AST & Science(以下、AST)との協業で乗り出す「スペースモバイル」計画だ。低軌道(LEO: Low Earth Orbit)に人工衛星を多数打ち上げ、携帯電話のエリアをつくる。最大の特徴は、通常のスマートフォンで直接通信できるようにする点だ。低軌道とはいえ、人工衛星から通常の携帯電話で直接通信できるサービスは前例がない。実現すればエリアカバーや災害対策として大きなメリットを生む。
全長24m、人工衛星の巨大アンテナで常識を超える
「スペースモバイル計画の一番の特徴は、通常の携帯電話と人工衛星が直接通信する点。これまでに前例がない。携帯電話の面積カバー率を100%にできるほか、災害対策としても大きなメリットがある」――。ASTとの協業によって進めるスペースモバイル計画に取り組む、楽天モバイル ネットワーク本部 技術戦略本部 衛星通信部長の松井譲氏はこのように力を込める。
楽天がASTとの協業で進めるスペースモバイル計画は、高度約730kmの低軌道に人工衛星を打ち上げ、人工衛星から直接携帯電話のエリアをつくる。利用者へのサービスに使う周波数帯(サービスリンク)は、日本では1.7GHz帯を利用する計画だ。つまり高さ730kmの鉄塔を使って、巨大な携帯電話のエリアをつくるイメージになる。松井氏は「1基の人工衛星がカバーできる範囲は直径3000km強。その中で直径24kmほどのエリアにビームをあてて、エリアをつくっていく」と語る。
低軌道の人工衛星を活用して、インターネットに接続できていない地域を一気にエリア化しようという動きは、起業家のイーロン・マスク氏が率いる米SpaceX(スペースX)の巨大通信衛星網「Starlink(スターリンク)」や、ソフトバンクが提携する英OneWeb(ワンウェブ)など花盛りだ。ただ、低軌道人工衛星を用いる通信サービスは、いずれもサービスリンクに衛星通信専用の周波数帯を使い、端末も専用端末が必要になる。
理由は数百kmという距離の人工衛星と地上の端末を安定的に通信するためには、専用周波数帯が不可欠と考えられているからだ。特に出力の弱い地上の端末から人工衛星への上り通信を安定的に確立するためには、人工衛星専用の周波数帯に加え、端末側アンテナもそれなりのサイズが求められる。その半面、使い慣れたスマホではなく、専用端末が必要になるという点が、衛星通信サービス普及のハードルになっている。
使い慣れたスマホをそのまま利用できるサービスとして、成層圏に無人航空機を使ってエリアをつくるHAPS(High Altitude Platform Station)がある。ただこちらは地上からの距離は約20kmだ。20kmの距離であれば、地上の基地局と端末間の通信でも一般的だ。既にソフトバンクの子会社であるHAPSモバイル(東京・港)が、長時間の通信実験に成功している。
そのため、楽天とASTが進めるスペースモバイル計画に対して他社からは、「地上のスマホからの微弱な上り電波を、730kmも離れた上空の人工衛星と安定的に通信することは非常に難しいだろう」と指摘する声が漏れ聞こえる。
一般常識ではとても高いこのハードルを、楽天とASTはどのように乗り越えようとしているのか。楽天とASTは、人工衛星に全長24mもの巨大なアンテナを使うことで、課題をクリアする考えだ。確かに送受信する端末のアンテナを巨大化することで、微弱な電波であっても通信できるようになる。「計算上は問題なく通信できることを確認している」と松井氏は続ける。
ASTの公開資料を見ると、スペースモバイル計画向けに打ち上げる人工衛星は、一般的な人工衛星とは異なり、巨大なアンテナが大部分を占める異形の姿を見せている。「折り畳んだ状態で打ち上げて、軌道上に全長24mのアンテナを展開する。実際に展開できるようにすることが技術的な大きなポイントの1つ」と松井氏は指摘する。