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 検査時に品質データを巧妙にねつ造する「データ自動生成プログラム」。その存在が致命傷となり、三菱電機の一連の品質不正問題が社長の引責辞任にまで発展した。「品質は第一であり、納期・価格などに優先する」に始まる「品質基本理念」を掲げてきた日本を代表する製造業ですら、ものづくりの現場に品質不正の“病”がまん延しているのだ。果たして、自社には無縁と言い切れる日本企業はどれだけあるのか。

 日経クロステックおよび日経ものづくりは、不正を含む一連の品質問題について取材し、その解消に向けた記事を提供し続けてきた。そこで疑問に感じるのは、監査や調査の実効性だ。多くの企業では品質問題が起きたとき、品質監査や外部の弁護士などで構成された調査委員会による調査を実施し、再発防止策を提示する。にもかかわらず、品質問題が再発することが間々あるのは、なぜか? と。

引責辞任を発表した三菱電機の杉山武史社長
引責辞任を発表した三菱電機の杉山武史社長
全社的な品質監査を3度行ったものの、品質不正の発覚が続発。2021年6月に明るみに出た鉄道車両向け空調装置などの検査不正が、ついに社長の引責辞任をもたらした。(写真:日経クロステック)
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 この疑問に対する仮説はこうだ。品質不正に関しては、現場の人間がどのように欺くか、すなわち「不正のリアル」を見抜く力のない人間が監査や調査を行っても、不正を完全に見抜くことはできない。よって、再発を防げないのではないか──。

 そこで、三菱電機をして社長の辞任に至らしめ、一躍“要注意ワード”に浮上した「検査不正」に的を絞り、ものづくりに詳しい経営コンサルタントであるジェムコ日本経営本部長コンサルタントの古谷賢一氏に、生産現場で行われている検査不正の実態を明らかにしてもらった。(近岡 裕=日経クロステック)

「不正を少し混ぜると、全て不正に見える」

 品質不正が日本の品質に対する信頼を根幹から揺るがしかねない状況だ。取引の大原則として、購入する側は、販売する側に対して約束に基づいた製品の納入を期待するものだ。詐欺師の手口は「嘘に少しの真実を混ぜると、全体が真実に見える」といわれる。それと逆のことが、品質については言える。すなわち、品質不正の発覚の際に「真実に少しの嘘(不正)を混ぜると、全体が嘘(不正)に見える」のである。少しの嘘でも駄目なのだ。ものづくりに携わる人は改めて品質不正を撲滅すべく、真摯に生産現場の実態を見つめ直す必要がある。

 今、世間で大きく報道されている品質不正は、それが社会問題化してから始まったものではない。いつ不正行為が開始されたのか、正確な時期やそのときの状況が分からないほど、長年にわたり行われてきたものがほとんどだ。例えば、三菱電機の鉄道車両向け空調装置は少なくとも35年間も検査不正を、京セラの有機材料と機能材料は34年間も安全規格であるUL規格不適合品の出荷を続けていた。

長年にわたって行われてきた品質不正
長年にわたって行われてきた品質不正
三菱電機は鉄道車両向け空調装置で検査不正を35年間、京セラはUL規格不適合品の出荷を34年も続けていた。この間、現場は不正を隠蔽し続けてきた。(作成:日経クロステック。写真の出所は、鉄道車両向け空調装置が三菱電機、有機材料・機能材料は京セラ)
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 多くの人が関与する生産現場において、実行者は「手順通りの正しい作業」と信じて行っている可能性がある点にも留意してほしい。不正行為が「不正」と認識されておらず、不正行為が日常の業務フローに落とし込まれているケースがよくあるからだ。

 例えば、顧客との取り決めで「作業方法Aの実施」を指定されていたとしても、顧客との取り決めを記載した契約文書などが生産現場の作業者に開示されることはまれだ。生産現場には「作業方法Bで行うこと」という作業手順書が提示されていれば、顧客の契約とは異なる不適切な作業方法Bを実施していても、作業者は「指示された作業を適切に実施していた」ことになる。

 品質不正は生産現場のものと思い込んでいる人は多いが、実は開発設計も無縁ではない。しかも、意図せず不正行為に巻き込まれるケースもあるのだ。