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 三菱電機は2021年7月2日、鉄道車両用の空調装置と空気圧縮機について、製造した長崎製作所による検査不正の内容を明らかにするとともに、執行役社長の杉山武史氏が引責辞任する考えを示した。併せて、既に出荷された製品の品質に問題がないとする調査結果を示した。杉山氏は、今回発覚した検査不正が30年以上にわたって続いていた重大な案件であること、杉山氏の社長就任後を含んで過去3回にわたる不適切行為の点検活動で発見できなかったことに言及し「今後の品質風土改革に向けた取り組みを自分が率いるのは適切でない」と辞任の理由を説明した。

記者発表に臨む三菱電機の経営陣
記者発表に臨む三菱電機の経営陣
左から常務執行役社会システム事業本部長の福嶋秀樹氏、執行役社長の杉山武史氏、常務執行役生産システム本部長の竹野祥瑞氏。(出所:日経クロステック)
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顧客の了解を得ていない

 検査不正の内容の説明と同時に、三菱電機は出荷済み製品について「空調装置の運用中の重大事故(発煙・発火・落下など)は過去少なくとも58年間にわたって確認していない」「出荷後の不具合は18年間で846件報告されているが、受け渡し検査(製品個別に実施する出荷時の検査)の不適切行為による不具合は確認されない」と説明した。同社は、不正のあった検査ごとに品質に問題が起こらない根拠を1つひとつ説明しており、その内容をよく見ると長崎製作所の現場がどのような論理で考えていたかが分かる。

 検査不正の内容は、空調装置について7項目(表1、2)、空気圧縮機について1項目(表3)。いずれも単に検査を省くのではなく、検査条件や測定項目を変えるなどしているのが特徴。しかし顧客には説明しておらず、顧客との約束を破り、しかも守ったように偽装した検査成績書を作成していた。杉山氏は「品質問題というよりコンプライアンスの問題に近いのかもしれない」と述べた。

検査条件を変更、検査成績書は架空データ

 空調装置の受け渡し検査について、検査不正の内容を個別に見ていくと、まず冷暖房能力と消費電力の試験〔表1の(1)(2)〕は、日本産業規格JIS E 6602に定められた標準条件での試験の代わりに、工場環境(常温)で試験していた。標準条件、つまり暑かったり寒かったりする条件を整える設備や手間を省ける。現場は、標準条件での良否判定値を、常温での試験に当てはまるよう理論に基づいて換算し、常温での試験だけで良否を判定していた。品質は、実質的にこの方法で担保できる、というのが現場の論理とみられる。

表1 鉄道車両用空調装置の受け渡し検査における不正
三菱電機の資料を基に作成。(出所:日経クロステック)
項目試験の目的(確認すべき内容)契約で定められた検査・試験(JIS準拠)実際に実施していた試験などの内容試験内容変更の“論理”
(1)冷房能力・消費電力冷房能力・消費電力の定格値を確保している冷房標準条件(車室外空気は乾球温度33±1.5度、車室内空気は乾球温度28±1.0度、湿球温度23±1.0度)での試験(JIS E 6602)
  • 試験場内で、常温で試験(検査成績書に記入する数値は別にプログラムで作成)
標準条件での判定基準を室温条件下での値に理論的に換算すれば、室温での試験結果で判定できるから
(2)暖房能力・消費電力暖房能力・消費電力の定格値を確保している暖房標準条件(車室外空気は乾球温度7±1.5度、湿球温度6±1.5度、車室内空気は乾球温度21±1.0度)での試験(JIS E 6602)
(3)防水装置内の雨水などの侵入(漏電の原因になる)がない完成品に対して1時間降水量200mm相当以上の散水試験を10分間以上実施
  • 主枠部(下箱)に水を注いで漏れないと確認
  • 上面カバーとの間のパッキンの平面度を確認
  • 上面カバー取り付けボルトの締め付けトルクを管理
部品と製造工程で水密性を確保できるから
(4)絶縁抵抗・耐電圧短絡しない以下の絶縁抵抗と耐電圧を確認
  • 主回路⇔アース間
  • 制御回路⇔アース間
  • 主回路⇔制御回路間
  • 主回路(高電圧)⇔制御回路(低電圧)間の絶縁抵抗・耐電圧確認の未実施(主回路⇔アース間と制御回路⇔アース間は規定通り試験を実施)
  • 主回路と制御回路が物理的に離れるよう設計し、組み立て時に点検・確認
もともと物理的に離したい部位同士で、離せば短絡しないから
(5)形状・寸法装置を車両に取り付けた際、車両限界からはみ出さない(架線、架線柱、トンネルなどに接触しない)完成品の寸法を測定
  • 製造各工程での部品の寸法精度、接合工程の精度を管理
  • 外形寸法を測定せず、検査表はそれらしい数値を記入
部品の寸法が公差以内で組み立て工程を管理すれば、完成品のバラつきは公差に収まるから
三菱電機製鉄道車両用空調装置(AU737形)
三菱電機製鉄道車両用空調装置(AU737形)
(出所:日経クロステック)
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 悪質と言われても仕方がないのが、検査成績書にはそれらしい架空のデータを作成して記入していたこと。このプログラムは該当機種の形式試験、すなわち開発段階で量産に移行する関門となる試験の実際の結果をベースとして利用し、それにもっともらしいバラつきを加え、検査成績書に印刷する機能を持つという。バラつきを加えたのは、常に同じ数字の検査成績書を提出するわけにはいかなかったからだ。

 バラつきを生成するアルゴリズムは明らかではないが、現場には“標準条件で検査を実施すれば、このような結果が出るはず、という数値を計算する簡易シミュレーター”と見る意識がなかっただろうか。本来の検査を2つの意味に分け、すなわち実質的に品質を担保する検査(常温での検査)と、顧客に提出するための検査に分けたうえ、顧客に提出する検査をシミュレーターで置き換えた、という論理ではないか。

 このプログラムができたのは「1990年のこと。誰が作ったかもヒアリングでだいたい把握している」(常務取締役社会システム事業本部長の福嶋秀樹氏)。1990年は「Microsoft Windows 3.1日本語版」の発売よりも前であり、多くの企業でDOSやBASICベースのパソコンが部署に1台あるかないかという時代だ。したがって、少なくとも個人ではなく複数メンバーが共用する部署のコンピューターで稼働を始めたと考えるのが自然であり、組織的な取り組みだったと思われる。

記者会見時までのヒアリングの内容を説明する福嶋氏
記者会見時までのヒアリングの内容を説明する福嶋氏
(出所:日経クロステック)
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降雨試験の代わりに水密試験

 防水性を確認する試験〔表1の(3)〕は、本来は実際に1時間当たり降水量200mmの土砂降りを模擬することになっていたが、それを容器の水漏れ検査と、フタをする際のパッキンの製造管理で代替していた。検査設備や、検査のための作業の面倒さは相当軽減できる。顧客に黙っていたという致命的な1点をあえて除いて見てみるなら「防水性を効率的に確保するノウハウ」に近い。

 絶縁抵抗と耐電圧を確認する試験〔表1の(4)〕は、一部の試験は規定通り実施していたが、主回路と制御回路の間で絶縁抵抗・耐電圧を確認していなかった。もともと主回路は高電圧で大電力が流れるから、電磁誘導などの影響を受けないように制御回路を近づけたくない。そこで距離を十分離す設計にして、製造段階でも確認していた。これで主回路と制御回路の間の絶縁は確保できる、というのが現場の論理だったようだ。

 形状寸法の測定〔表1の(5)〕は、本来は完成品の外形寸法を測定するところ、実際には測定していなかった。外形寸法が設計より大きいと、鉄道車両の屋根に装着したときに車両限界の外側にはみ出し、架線や架線柱、トンネルの天井などに支障する危険性がある。しかし現場は、部品の寸法公差と組み立て工程の管理により、完成品の外形寸法が車両限界をはみ出さないようにしており、測定は必要ないと考えていたようだ。

* 車両限界 車体断面の大きさの限界として決められた範囲。

結局長時間動かす過負荷試験

 続いて、空調装置の形式検査での不正内容を見ていく。過負荷試験〔表2の(6)〕については、実は三菱電機の説明からは何を効率化したのかよく読み取れない。

表2 鉄道車両用空調装置の形式検査における不正
三菱電機の資料を基に作成。(出所:日経クロステック)
項目試験の目的(確認すべき内容)契約で定められた検査・試験(JIS準拠)実際に実施していた試験などの内容試験内容変更の“論理”
(6)過負荷夏場の厳しい状況でも動作異常や保護装置の不要動作が生じない過負荷条件で運転開始、安定後2時間運転、3分停止、1時間運転し電流・温度・圧力などの保護装置が動作しないと確認(JIS E 6602。過負荷条件は、車室外空気が乾球温度45±1.5度、車室内空気が乾球温度35±1.0度で湿球温度28±1.0度)
  • 動作確認の代わりに巻き線温度測定を実施
  • 過負荷条件下で、定格電圧で2~3時間運転して巻き線温度を安定させ、停止して3分程度で巻き線温度を測定。その後過負荷条件で電圧を変動させて約1時間運転、再度停止して巻き線温度を測定
巻き線の温度で保護装置が動作するか分かるから
(7)振動振動に耐えるJIS E 4031に規定する方法で振動耐久試験を実施。規定の負荷・運転時間で性能・変形・健全性に変化がないと確認
  • JIS E 4031の方法を使うが、条件を緩和。負荷を下げ、加振時間を短縮して試験
  • ひずみを測定する
ひずみ量からJIS規定の試験条件での結果を推定できるから

 JIS E 6602ではかなり高温の条件で空調装置を2時間以上間運転し、3分間停止させ、さらに1時間運転して保護装置が動作しないと確認することになっている。長崎製作所では、ほぼ同じことを実行した上で、巻き線の温度を測定している。「停止時間が厳密に3分間でないのが問題」(福嶋氏)ではあるのだが、所定の試験に比べると、むしろ数値で結果を評価しているから、一歩踏み込んでいるともいえる。

 振動試験〔表2の(7)〕は、振動を加える時間を短縮し、負荷を小さくして、形式検査ながら作業の面倒さを軽減したようだ。その代わりひずみ量を測定し、本来の試験を実施したらどうなるかを推定できるようにした。これも数値での管理を可能にしている点は、本来の試験になかった要素をむしろ加えている。

 この振動試験については「一部の顧客に対しては『この試験方法でよい』と了承をもらっていた。しかし、大半の顧客に対して説明していなかった」(福嶋氏)。検査方法の変更についてきちんと説明すれば、合意を得られる例、とも捉えられる。