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 東京オリンピック・パラリンピックでは競技を捉えるデジタル技術が大きく進化している。その水準は陸上競技や競泳などのレース過程を再現できるほどだ。支えるのは新型のセンサーやAI(人工知能)による画像処理である。

 大会8日目となる2021年7月30日から、オリンピックの陸上競技としては初めて出場選手が身に付けて動きをデータ化する「モーションセンサー」を導入する。モーションセンサーからのデータと、メインスタジアムの国立競技場(東京・新宿)に張り巡らせたカメラの映像をAI処理したデータとを使い、刻々と変わる選手が走る速さや加減速の変化を導き出す。

 このデータはレース後すぐに選手やコーチに提供され分析に活用されるほか、競技の中継放送でもレース展開を解説するリプレー映像などで使われる予定だ。2021年7月30日に競技が始まった女子100メートルの予選では、さっそく各放送局に配信される国際映像で、走行中データをビジュアル化するなどの素材映像が制作されているという。2021年8月1日に決勝を予定する男子100メートルなどのトラック競技でも、各放送局の判断でレースの展開や選手の動きを解説する映像に活用される見通しだ。

 類似技術の一部は既に競泳でも使われている。泳ぐ選手のレーン上に現在の速度がCGで重ね合わせられ、データを裏付けにした接戦を画面越しに観戦した人も多いだろう。選手がセンサーを装着できない競泳はカメラ映像だけで動きをデータ化した。馬術ではセンサーと映像を用いて、騎手が操る馬の動きや跳躍した軌道もデータで可視化している。

2000種類のデータで選手の走りを再現

 陸上競技で導入する動きセンサーは、スイス時計大手The Swatch Group(スウォッチ・グループ)傘下のスイスOMEGA Timing(オメガタイミング)が開発し、運用も担当している。重さは16グラム。陸上選手のゼッケンに装着され、3軸方向の加速度や角加速度などを計測する。オメガタイミングは東京五輪の全計測を担当している。

スイスのオメガタイミングが陸上競技向けに開発したモーションセンサー
スイスのオメガタイミングが陸上競技向けに開発したモーションセンサー
(撮影:日経クロステック)
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 オメガタイミングはこのセンサーのデータと、競技場の観客席や屋根などに取り付けたカメラの映像をAIで処理したデータと組み合わせ、レース途中の走行速度、レーンやコーナーを走る選手の軌道、選手にかかる体重負荷などを計算する。データ化する項目は全部で2000種類に及ぶという。

スイスのオメガタイミングが導入した競技用カメラ
スイスのオメガタイミングが導入した競技用カメラ
(撮影:日経クロステック)
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 「リアルタイムトラッキングシステム(RTTS)」と称するこの一連の技術は、ワールドアスレティックス(世界陸連)や国際オリンピック委員会などとオメガタイミングが連携して開発した。一部の陸上大会での先行導入を経て、オリンピックの陸上競技としては初めて東京五輪で導入した。オメガタイミングはデータを希望する選手やコーチには競技後すぐに提供し、国際映像を制作するオリンピック放送機構(OBS)などを通じて各放送局にも提供する。

 オメガタイミングは過去のレースや予選のレースとの比較・分析も加えてデータを提供するだけでなく、他の選手とも比較できる形でデータを提供する。運用ルールは世界陸連などと取り決めており、「透明性を確保する形で、全選手のデータを等しい条件で全ての選手・コーチに提供する」(オメガタイミングのアラン・ゾブリストCEO=最高経営責任者)。東京五輪を機に陸上競技は「予選を勝ち進むたびに詳しい走行データを分析して次のレースに備えて戦略を練る」という戦い方が加わりそうだ。