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 政府は新型コロナウイルス対策システムの開発に相次いでアジャイル開発の手法を取り入れた。しかしトラブルが多発している。専門家は、アジャイル開発の採用は必要だったと指摘する一方で、行政機関による本格的なアジャイル開発は道半ばだと口をそろえる。開発ベンダーと結ぶ契約において、行政機関に特有の課題もあるからだ。

根幹を成す機能に軒並み不具合

 アジャイル開発は、利用者にとって優先度の高い機能やサービスから順次開発・リリースし、顧客の反応や運用時の技術評価といったフィードバックを基に素早く改善を繰り返す手法だ。政府は「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」や新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」、自治体向けの「ワクチン接種記録システム(VRS)」の開発において、開発ベンダーにアジャイル開発の手法を取り入れるよう求めた。

 例えば内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室(以下IT室)はVRSの仕様書に「ウオーターフォール型に限定せず、アジャイル開発など柔軟な対応を可能とする」と明記した。ところが、いざ稼働させるといずれのシステムでも根幹となる機能で問題が生じた。

 HER-SYSの例では、もともと医療機関と保健所がファクスでやり取りしていた新型コロナの発生届を効率化するため、厚生労働省が2020年5月に一部自治体で先行して利用を始めて、すぐ全国で活用する計画だった。しかし入力項目の多さや個人情報保護の機能が足りないといった理由で、一部自治体が一時導入を拒んだ。HER-SYSを活用した感染者数の全国集計は2021年4月にまでずれ込んだ。

 COCOAを巡っては、プロジェクトには発注者の厚労省と受注者の開発ベンダーなど6社が関わっていながら、Android版で陽性登録者との接触を検知・通知できない致命的なバグを2020年9月から約4カ月間放置していた。VRSについては、IT室が配布したタブレットの内蔵カメラでワクチン接種券の「OCRライン(接種情報を記録した番号)」を読み取るのに時間がかかったり誤認識したりする事態が頻発した。

「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」や接触確認アプリ「COCOA」、自治体向けの「ワクチン接種記録システム(VRS)」の画面
「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」や接触確認アプリ「COCOA」、自治体向けの「ワクチン接種記録システム(VRS)」の画面
(出所:厚生労働省、内閣官房IT総合戦略室。写真撮影は日経クロステック)
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利用者に向き合わないアジャイル開発だった

 重要な機能を現場が使えるレベルでリリースするはずのアジャイル開発を採用したにもかかわらず、なぜトラブルが相次いでいるのか。根本的な原因について、アジャイル開発に詳しいグロース・アーキテクチャ&チームス(東京・新宿)の鈴木雄介社長は「(アジャイル開発の初期に取り組む)MVP(ミニマム・バイアブル・プロダクト:検証可能な必要最小限のプロダクト)の特定において、優先的にまずそのシステムを使う利用者が満足する機能をしっかりつくれなかったのではないか」と指摘する。

 鈴木社長の考え方はこうだ。まずシステム開発の予算や期間を決める際の制約であり、また成果物を評価する指標でもあるものは4つある。「品質(Quality)」「コスト(Cost)」「納期(Delivery)」「範囲(Scope)」であり、頭文字を取って「QCDS」と呼ばれる。

 政府が構築した新型コロナ対策の3システムはいずれも広く国民に影響し、急を要するものばかり。QCDSのうち、まず品質は下げられない。コストも下げにくい。急ぎの案件で納期も決まっている。残る調整要素は範囲しかない。「やらなければいけない機能は決まっており、そこを絞るのは難しい。となると、最初にシステムを使うユーザーを絞り込む必要がある」(鈴木社長)。

 広く国民が使うシステムにおいては、ユーザーの状況は様々なので、その分多様な機能が必要になる。全員を満たすシステムを一気につくれないのであれば、まず最も必要とするユーザーに絞り込んでそこを満たすシステムをつくる必要があるというわけだ。ところが政府や自治体などの行政機関や、鉄道や通信といった公共サービスを手掛ける国内企業は「いきなり全てのユーザーが満足できる機能を目指すため、曖昧な想定になってしまう結果、誰にとっても使いにくい機能が出来上がるケースが多い」(同)。

 例えばHER-SYSでは一部の自治体で先行導入したものの、厚労省はすぐに全国展開しようとして、一部から「導入拒否」の反発をくらった。使ってもらうために戦略的な取り組みが不足していたわけだ。鈴木社長は「アジャイルというからには、しっかりとした展開計画がどこまで練られていたか、検証が必要だ」とする。