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 立正大学は、1580年に日蓮宗の教育機関として千葉県匝瑳(そうさ)市に設立された飯高檀林を源流とする歴史のある大学である。

 1872年には東京・大崎の地に品川キャンパスが設置されている。この地を指して校歌にも「谷山ヶ丘」とうたわれるように、敷地は接道する山手通りから南に上がった小高い丘の上に位置している。

山手通り側(北側)の外観。左側が新設の13号館で、右側は既存の11号館。両者を一体的に見せる門型のエントランスゲートを設けている(写真:吉田誠)
山手通り側(北側)の外観。左側が新設の13号館で、右側は既存の11号館。両者を一体的に見せる門型のエントランスゲートを設けている(写真:吉田誠)
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 本計画は大学開校150周年記念事業の1つとして、次世代型の大学施設を新設するものだ。

 山手通りに唯一面する既存11号館の隣に取得した土地と、その奥の丘上にあった旧6号館跡地を合わせたT字形の敷地を利用している。丘の上のキャンパスと山手通りをネットワーク化する他、学生のみならず地域社会とともに成長する開かれた知の拠点とすることが求められた。

 キャンパスには、東西南北の様々な方向からアプローチできる。人工地盤によって6号館地下1階レベルに生み出した中庭の1層下にあるネットワークレベルで相互につながり、一群を形成している。

 さながら中世の山岳都市のような様相を呈し、オフィスビルやマンションが立ち並ぶ山手通りを歩いているだけでは想像がつかないような奥行きを持つ、独自の環境を保ってきた。

南側の棟から中庭越しに6号館を見る(写真:吉田誠)
南側の棟から中庭越しに6号館を見る(写真:吉田誠)
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敷地全体のアクソメ図(資料:飯田善彦建築工房) ※法規上の地上1階は、13号館では地上2階、6号館では地下2階と位置付けて運用している。本記事の図面・写真説明には運用上の階数を用いている
敷地全体のアクソメ図(資料:飯田善彦建築工房) ※法規上の地上1階は、13号館では地上2階、6号館では地下2階と位置付けて運用している。本記事の図面・写真説明には運用上の階数を用いている
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 2016年の設計プロポーザルに先立ち、倉田直道・工学院大学名誉教授がキャンパス整備アドバイザーとしてマスタープランをまとめ、キャンパスの現状の課題を整理している。大学のビジョンとともに、そこから導き出された新築棟の役割やプログラム概要がプロポーザル要項に示されていた。

 私たちはまずこのマスタープランを丹念に読み解きながらキャンパス全体を調査し、改めて大学全体が目指すべき長期的な将来像を設定。そこから遡って最初のステップとなる新築棟の骨子を導き出していった。

工事中の教室数の減少を最小限にとどめ、なおかつ将来を見据えて、新築棟の建設前にキャンパス内の関連機能を順次更新する「ローリング計画」を提案した(この時点では13号館=ANNEX)。既存校舎内の低利用率の教室の改修などを行っている。キャンパス全体を見渡して機能を再配置した結果、大階段広場をはじめとするコモンズが新築棟に生まれた。新築棟単体で完結せず、キャンパス、そして都市へと広がる全体最適化を推進できたと考えている(資料:飯田善彦建築工房)
工事中の教室数の減少を最小限にとどめ、なおかつ将来を見据えて、新築棟の建設前にキャンパス内の関連機能を順次更新する「ローリング計画」を提案した(この時点では13号館=ANNEX)。既存校舎内の低利用率の教室の改修などを行っている。キャンパス全体を見渡して機能を再配置した結果、大階段広場をはじめとするコモンズが新築棟に生まれた。新築棟単体で完結せず、キャンパス、そして都市へと広がる全体最適化を推進できたと考えている(資料:飯田善彦建築工房)
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コモンズとなる大階段広場を軸に

 150周年記念館の延べ面積は約1万2400m2。地下2階・地上11階建ての13号館、地下2階・地上4階建ての6号館を新築し、既存の11号館と一体利用できる施設とした。

 計画上は、これら新築2棟を建築単体で完結させず、丘の上のキャンパスに向かう1つの地形と位置付けた。キャンパス全体、さらに都市との間に循環が起こるよう、複雑な高低差を読み解きながら様々なレベルで接続する立体的な経路を織り込んだ。

約12mの高低差を結ぶ大階段広場を上がり切った6号館地下1階の吹き抜け部分。写真左奥が山手通り方面(写真:吉田誠)
約12mの高低差を結ぶ大階段広場を上がり切った6号館地下1階の吹き抜け部分。写真左奥が山手通り方面(写真:吉田誠)
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 そうした在り方を象徴する空間が、山手通りとそこから12mほど上がったキャンパスのネットワークレベルを結ぶ、半屋外の大階段広場である。最大幅12m、奥行き70mほどあるこの広場は新たなメインアプローチであると同時に、それ自体が人々の集う大きなコモンズとなる。

13号館4階から見下ろした大階段広場。街の様相がキャンパス内に引き込まれ、文字通り都市に開かれた場所となっている(写真:吉田誠)
13号館4階から見下ろした大階段広場。街の様相がキャンパス内に引き込まれ、文字通り都市に開かれた場所となっている(写真:吉田誠)
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 大階段広場の下には、ギャラリーやホールなど地域連携の機能を配置。地上には既存11号館との回遊性を持たせた教室ゾーン、途中階屋上のルーフオアシス、そして上層階の先端研究ゾーンを積み上げた。

山手通りとは反対側の中庭に面する6号館のプレゼンスペース(写真:吉田誠)
山手通りとは反対側の中庭に面する6号館のプレゼンスペース(写真:吉田誠)
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山手通り側の階段教室(写真:吉田誠)
山手通り側の階段教室(写真:吉田誠)
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ルーフオアシスに面する13号館8階コミュニティラウンジ(写真:吉田誠)
ルーフオアシスに面する13号館8階コミュニティラウンジ(写真:吉田誠)
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 日本では人が集まる都市空間として広場という目的化された場所ではなく、辻、つまり道がその役割を果たしてきたといわれている。この建築は、まさにそうした辻的な空間が数珠つなぎになった小さな広場の連続体として計画したものである。

 例えば、食堂といった本来は目的のはっきりした空間にも複数の経路を設け、目的化されない、滞留できる様々なコーナーを持った経路(=辻)としての性格を与えている。

13号館2階の食堂。6号館の同レベル(地下2階)にも食堂が連続する(写真:吉田誠)
13号館2階の食堂。6号館の同レベル(地下2階)にも食堂が連続する(写真:吉田誠)
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13号館上層階(先端研究ゾーン)の屋外テラス。眼下に山手通りを望める(写真:吉田誠)
13号館上層階(先端研究ゾーン)の屋外テラス。眼下に山手通りを望める(写真:吉田誠)
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 都市のただ中にある大学という知の拠点で展開される自由で多様な交流が、この連鎖する「辻」的な場で、より活気付くはずである。キャンパスを超えて、やがて都市へと広がっていく、そんな未来を期待している。