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 平城宮跡の東側に位置する、奈良市立一条高等学校の講堂の建て替え計画である。2020年9月に供用を開始している。

東側の前面広場から講堂全景を見る。高校の敷地の南西部分に建設されている。屋根にはフッ素樹脂塗装アルミ亜鉛合金めっき鋼板、軒裏には奈良県産スギ材化粧ルーバー(防腐防蟻剤含浸+木材保護塗料)を使用(写真:川澄・小林研二写真事務所)
東側の前面広場から講堂全景を見る。高校の敷地の南西部分に建設されている。屋根にはフッ素樹脂塗装アルミ亜鉛合金めっき鋼板、軒裏には奈良県産スギ材化粧ルーバー(防腐防蟻剤含浸+木材保護塗料)を使用(写真:川澄・小林研二写真事務所)
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1階東側のホワイエ部分。正面(南側)にメインのエントランスがある。宇陀市から寄付された奈良県産スギ材圧密フローリング「つよスギ」を床に使用している(写真:川澄・小林研二写真事務所)
1階東側のホワイエ部分。正面(南側)にメインのエントランスがある。宇陀市から寄付された奈良県産スギ材圧密フローリング「つよスギ」を床に使用している(写真:川澄・小林研二写真事務所)
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 「奈良市に市立高校を」という市民の熱望によって1950年に設立された一条高校は、県内の公立高校には珍しく、体育館とは別に講堂を備えていた。近年では全国レベルの実力を持つ同校ダンス部の練習発表の場としても活用されるなど、講堂はある意味で同校のシンボルであった。

 しかし、57年に建設された既存講堂は、既に耐震補強工事が完了していた校舎や体育館とは異なり、長らく耐震基準を満たしていない状態が続いていた。教育改革実践家としての活動で知られる藤原和博氏が校長を務めていた2017年、校長私案として講堂の建て替え案の提示、およびその建設費の寄付を募る提案がなされた。これを受け、学校関係者や市・議会を巻き込み、講堂改築プロジェクトが発足した。

 その後、当時の藤原校長が主導し、様々な社会人が講師となって続けられてきた課外授業「よのなか科」に隈研吾が招かれる機会があった。新講堂に対する思いを巡り、生徒や保護者らと共に意見交換をする中で、新講堂の設計を依頼された。

東京・杉並区の中学校で都内初の民間人校長を務めたことで知られる前校長・藤原氏は、社会人による課外授業「よのなか科」を継続的に展開していた。そこに事務所の代表・隈が講師に招かれたのが、講堂の設計に携わるきっかけとなった(写真:左は一条高等学校、右は隈研吾建築都市設計事務所)
東京・杉並区の中学校で都内初の民間人校長を務めたことで知られる前校長・藤原氏は、社会人による課外授業「よのなか科」を継続的に展開していた。そこに事務所の代表・隈が講師に招かれたのが、講堂の設計に携わるきっかけとなった(写真:左は一条高等学校、右は隈研吾建築都市設計事務所)
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 70年前の一条高校の開校時、初代校長がその出発を船出に例えて以来、同校は「開拓者魂(フロンティアスピリット)」を建学の精神としてきた。生徒たちは、この精神を表象するデザインの帆船「一条丸」の副章を身に着けている。新しい講堂の計画は、学校のフロンティアスピリットの象徴である、この「一条丸」のイメージからスタートした。

軒下要素の接地点がある北東側からホワイエ方向を見る。各ルーバー自体は水平に設置し、それぞれ向きをずらしながら並べることで、ねじれたような「曲面」をつくり出している(写真:川澄・小林研二写真事務所)
軒下要素の接地点がある北東側からホワイエ方向を見る。各ルーバー自体は水平に設置し、それぞれ向きをずらしながら並べることで、ねじれたような「曲面」をつくり出している(写真:川澄・小林研二写真事務所)
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東側から講堂全景を見下ろす(写真:川澄・小林研二写真事務所)
東側から講堂全景を見下ろす(写真:川澄・小林研二写真事務所)
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