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 各国首脳が宣言した2030~35年におけるエンジン車の販売禁止(以下、エンジン車廃止)には、それぞれ裏がある。表1は各国政府の電動車導入の表明だ。この背景を分析してみたい。

表1●各国政府の電動車導入の表明
表1●各国政府の電動車導入の表明
(作成:筆者)
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 ドイツとフランス、英国は、2015年に発覚した「ディーゼルゲート*1」事件により、「エンジン車は汚い(環境に悪い)」という顧客イメージを払拭できずに電動化路線に踏み出し、主要都市では既にエンジン車の締め出しも実施している。特に英国が2035年にハイブリッド車(HEV)も廃止すると表明したのは、2021年11月の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)を意識していることが大きい。だが、真のリーダーによる優れた表明とは思えない。

 ディーゼルゲートに関してはドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン、VW)の不正ばかりが大きく取り立たされたが、実は欧州の主要メーカーの大半が当時不正を行っていた。それに目をつぶっていたのは欧州連合(EU)委員会および各国の運輸関係省であり、全てが同罪だったと言える。そして、この事件を受けて、二酸化炭素(CO2)排出量が比較的少ないディーゼル車の販売が大きく落ち込んだ。そこでEU各国は、2021年CO2排出量規制の強化にあえぐ自国メーカーに対し、補助金の増額を含む多くの救済措置を行い、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)の販売増加を後押ししているというのが現状だ。政府もメーカーも、技術論と顧客のニーズを無視した「EV信奉者」とさえ映る。

*1 ディーゼルゲート ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン、VW)によるディーゼルエンジン車の排出ガス不正問題のこと。

 米国カリフォルニア州は、同州に本拠地を構えるEVメーカーである米Tesla(テスラ)を強力に支援するかのように、購入者のみならずTeslaにも多額の補助金を与え、税金をつぎ込んできた。Teslaの経営は、これまでZEV(Zero Emission Vehicle;無公害車)規制によるクレジットと、莫大な補助金によって生き延びてきたと言っても過言ではない。現在も多くの技術的問題(市場不具合)を抱えている上に、ユーザーに対して真摯に向き合っている姿勢は見えない。また、クレジット販売が思うように進まないと再び赤字に転落する可能性も報じられている。

 中国は、2016年に発表したロードマップにおいて電動化を推進し、中でも中国メーカーの育成の観点からEVに傾注し、2019年からNEV(New Energy Vehicle;新エネルギー車)規制を開始した。だが、中国における電力事情(石炭火力が70%)と、ダブルスタンダードであるCAFC(Corporate Average Fuel Consumption;企業平均燃費)対応のために、2020年4月にHEVを重視し、NEV規制で優遇する方向に転換した。トヨタ自動車は、中国2社(広州汽車、吉利汽車)とハイブリッドシステム販売で既に合意し、他メーカーとも交渉中である。今後中国メーカーにHEVが広がることは間違いない。

 中国政府は2020年末にこのロードマップを修正し、2030年にHEVを40%、2035年にはHEVを50%と表明した。極めて現実的と言える。ただし、世界のNEV〔PHEVとEV、燃料電池車(FCV)〕*2販売のうち44%(2020年)を占める中国も、燃料の脱化石化と排出係数*3の大幅な削減を急がなければならない。そして、そこに主要7カ国(G7)の強力なプレッシャーが必要である。

*2 2020年におけるNEVの世界シェアは4%。
*3 排出係数 1kWh当たりのCO2排出量(kg)のこと。

エンジン車廃止の半面、緩いCO2規制値

 翻って日本は、残念ながら世界のこうした動きに乗り遅れまいと追従しているだけである。例えば、48Vマイルドハイブリッドシステム装着車を電動車に定義するかどうかについても、いまだ不明である(経済産業省の一部は電動車に含めると言ったようだが、極めていい加減だ)。排出係数も中国に次ぐワースト3でありながら、動きは極めて遅い。

 いずれにせよ、これらは各国首脳の期待あるいは目標であって、強制力のあるものではない。

 なぜなら、各国における2030年に向けた新車のCO2基準と燃費基準(2020~30年)が、保有車全体でCO2を45%削減することを意識したものでないからである。表2は主要国の2015~21年と、2021~30年におけるCO2規制強化を年率の削減率で整理したものだ。EU以外は燃費基準をCO2基準に置き直した。エンジン車廃止を表明するのであれば、同時に2030年に向けて各国が決定したCO2基準を、年率3.5~5%の緩いものから大幅に強化する必要がある。

表2●各国・地域の今後のCO<sub>2</sub>基準強化案
表2●各国・地域の今後のCO2基準強化案
2021年以降の各国アナウンス(最新のCO2削減率/年)(作成:筆者)
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 各国首脳はエンジン車廃止やEV推進などと言う前に、保有車全体でCO2を45%下げるためには、新車のCO2基準(Well to Wheel;WtW;油田からタイヤを駆動するまでのCO2排出量)をどこまで強化するかについて検討すべきだ。

 参考までに、EUは国連気候行動サミットを受けて、2021~30年に向けて既に表明済みの年率5%の基準を7%へ見直すことを検討中である。残念なことに、EU以外で現在見直しを検討している国はない。この点についてメディアは、日本の2030年に向けた燃費基準をCO2基準に変え、保有車全体のCO2削減効果との整合性に関して言及すべきではないか。国土交通省は、CO2削減が叫ばれる中、電気で駆動するEVあるいはPHEVにも燃費基準を適用する考えだ。電力消費を燃料消費に換算するということだが、ナンセンスである。この裏には都合の悪いことをマスキングしようとする魂胆が見え隠れする。

 図1は欧州や日本など、新車の販売台数や保有台数が既に飽和している地域や国において、2030年までの新車と保有車のCO2削減率を整理したものである。この算出の前提として、車齢を15年とし、CO2排出量の多い2015年以前の廃棄車両の削減効果を含めた。

 2020年比で保有車のCO2削減率を見ると、EUは2021年から現在見直し中の年率7%でも41%と、2020年比の削減目標である45%〔平均気温上昇1.5度(℃)以下〕に未達だ。日本は26%と大幅な未達の状況にある。目標達成のためには、WtWで年率10%程度に基準を見直すことが必要だ。

 日本はパリ協定(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議;COP21)において、2013年比で2030年に全産業で平均26%のCO2削減(自動車28%減)を表明し、それを今回46%(2013年比)の削減まで拡大させたものの、エンジン車廃止の表明のみで、いまだに燃費基準を強化する動きはない。基準はできる範囲で決めるのではなく、CO2を45%削減するための手段として決めるものであって、実効性がなければ意味がない。国土交通省は早急に基準強化を進める必要がある。今の基準では話にならないのだ。

図1●新車・保有車のCO<sub>2</sub>削減率
図1●新車・保有車のCO2削減率
上が欧州、下が日本。(作成:筆者)
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