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 東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアムである「国立競技場」の設計に携わった、大成建設の川野久雄・設計本部建築設計第二部部長。2000年代以降、スポーツ施設の整備手法のダイナミックな変化を体験してきた。その一過程で関わる機会を経た五輪会場の設計現場でも、大きな刺激を受けたと語る。

 地球環境や地域経済の持続性に対する意識。ダイバーシティーをはじめ社会性に対する意識。大成建設の川野部長は、それらの変化をストレートに感じながら、スポーツ施設の整備事業に取り組んできた。

「国立競技場」の設計に携わった大成建設の川野久雄・設計本部建築設計第二部部長。1964年兵庫県生まれ。91年神奈川大学大学院建築学科修士課程修了後、大成建設入社。2016年に特定プロジェクト部部長、19年に設計本部建築設計第二部部長に就き、現在に至る(写真:日経クロステック)
「国立競技場」の設計に携わった大成建設の川野久雄・設計本部建築設計第二部部長。1964年兵庫県生まれ。91年神奈川大学大学院建築学科修士課程修了後、大成建設入社。2016年に特定プロジェクト部部長、19年に設計本部建築設計第二部部長に就き、現在に至る(写真:日経クロステック)
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 集団的な作業からは、刺激を受ける場合が多い。3社JVで臨んだ国立競技場に関しては、東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアムを手掛けるチャンスという以上に、「隈研吾さんや梓設計の方々の考え方やものづくりの姿勢に触れる機会になった。大きな刺激を受ける現場だった」と語る。

 特に、木を多用するようなスポーツ施設の設計は、これまで経験してこなかった。そもそも大成建設が手掛けてきた公共建築の中に、大々的に木を用いた前例自体が決して多くはない。隈氏が様々な形で多用してきたと知ってはいても、外装に木を使う怖さを感じていた。

 「一定期間で部材を取り換えるなどの方法もあり得る。しかし、公共工事となると慎重にならざるを得ない。例えばPFI(民間資金を活用した社会資本整備)なら、民間運営でも、20年後などに自治体に移管する契約となる場合がある。将来を見通し、発注者と認識を合わせなければならない」

 大手建設会社が手掛ける国立の施設として、耐候性や耐久性に確信を持てなければ前に進めない。実験などを繰り返し、時間を要する作業となった。「木の特性を自分の目で確かめながら進めた。その経験は今後、木を使いこなすための糧になる」

国立競技場の西側外観(21年6月撮影)。設計を大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JVが担当。19年11月竣工(写真:日経クロステック)
国立競技場の西側外観(21年6月撮影)。設計を大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JVが担当。19年11月竣工(写真:日経クロステック)
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国立競技場の内観(19年12月撮影)。社会の要請を受け、持続性を持つ建物をつくらないとならない。「木や鉄、コンクリートはそれぞれ耐久性が異なる。素材の特性を見極め、メンテナンスの計画を反映させながらどうつくり上げるか。どんな建物でも大切な考え方になる」(川野氏)(写真:吉田 誠)
国立競技場の内観(19年12月撮影)。社会の要請を受け、持続性を持つ建物をつくらないとならない。「木や鉄、コンクリートはそれぞれ耐久性が異なる。素材の特性を見極め、メンテナンスの計画を反映させながらどうつくり上げるか。どんな建物でも大切な考え方になる」(川野氏)(写真:吉田 誠)
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優しい風をそのまま取り込みたい

 建物をそれだけで完結したものとは考えずに、外側とのつながりに関心を向けてきた。「みんなでつくる」という言葉と関係する点だ。「杜(もり)のスタジアム」をコンセプトに掲げる国立競技場では、「庇(ひさし)」もそのために考えられている。

 国立競技場の外周最上部に回る「風の大庇(おおびさし)」と、その下の層の「軒庇(のきびさし)」は、一般向けの五輪の公式ガイドブックなどでも「暑さ対策」として説明されている重要な特徴となる点だ。

 「夏の大会を想定すると、自然の風を観客席側に導いてあげないとならない。風の流れの操作のために、大庇を活用している。また、軒庇は、コンコースに面して配置している風のテラスに気流をつくる役割を持つ」

 軒下に並ぶ木材や一部アルミ材のルーバーの長さ、幅、それぞれの隙間の寸法は、スタジアムと外部環境の間の“風環境の制流装置”として的確に機能するよう、コンピューターシミュレーションによって調節している。「ルーバーの微妙な変化により、神宮外苑の杜に流れている優しい風をそのまま取り込みたいと考えた」

 「隣の杜にある木々を見ると、当然ながら葉っぱの密度や、それによってできる陰影はみな異なる。本来の自然の在り方と建物が呼応し、うまく溶け合ったようにしたいと考えていた。そのため、ルーバーの寸法や間隔などの調節をコンピューターツールのグラスホッパーを使って解いている」

国立競技場の庇下部のルーバーを見上げる(19年12月撮影)(写真:日経クロステック)
国立競技場の庇下部のルーバーを見上げる(19年12月撮影)(写真:日経クロステック)
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ルーバー検討時のCAD画面。部材寸法や間隔のパラメーターを変えながら自在に配列を検討するためにコンピューターツールのグラスホッパーを使っている。ある程度規格化された部材を使い分け、デザインと気流シミュレーションの双方から検討を進めた。「力学的な解析ではなく、自然と呼応させるためにコンピューターを使う方法は、今後もっと必要になるかもしれない」(川野氏)(資料:大成建設)
ルーバー検討時のCAD画面。部材寸法や間隔のパラメーターを変えながら自在に配列を検討するためにコンピューターツールのグラスホッパーを使っている。ある程度規格化された部材を使い分け、デザインと気流シミュレーションの双方から検討を進めた。「力学的な解析ではなく、自然と呼応させるためにコンピューターを使う方法は、今後もっと必要になるかもしれない」(川野氏)(資料:大成建設)
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国立競技場の「風のテラス」(19年12月撮影)。風を呼び込むために、左奥のコンコース部分ではルーバーの間隔を狭めている(写真:吉田 誠)
国立競技場の「風のテラス」(19年12月撮影)。風を呼び込むために、左奥のコンコース部分ではルーバーの間隔を狭めている(写真:吉田 誠)
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 川野氏が国立競技場のたたずまいとして気に入っているのは、コンセプトに直結する東側の部分。聖徳記念絵画館などが立つ、神宮外苑の杜と接する側だ。「対面の緑とルーバーが呼応し、建物と杜が境界なくつながる様子が一番表れている」

 敷地南側やそこに接する公園予定地は大会後に整備される。未完成の部分だが、そちら側もやがて緑に包まれた空間となるはずだ。

国立競技場の北側外観(19年11月撮影)。左手に聖徳記念絵画館などが立つ(写真:日経クロステック)
国立競技場の北側外観(19年11月撮影)。左手に聖徳記念絵画館などが立つ(写真:日経クロステック)
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