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 開催中の東京五輪。一過性のイベントで終わらせないために、招致時に強調されたのが「レガシー(遺産)」という言葉だった。2021年7月22日には大会後の取り組みの方針が発表された。果たして開催都市・東京に何が残るのか。その評価は適切になされるのか。スポーツ社会学やスポーツ政策論を専門とする立命館大学産業社会学部の金子史弥准教授に聞いた。

東京五輪・パラリンピックに合わせて東京都が新規恒久施設として整備した「有明アリーナ」。レガシー(遺産)として、臨海部の重要施設となる(写真:日経クロステック)
東京五輪・パラリンピックに合わせて東京都が新規恒久施設として整備した「有明アリーナ」。レガシー(遺産)として、臨海部の重要施設となる(写真:日経クロステック)
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「五輪レガシー」の議論はいつ始まった?

東京五輪・パラリンピックの開催が決定した2013年以降、にわかに「レガシー」という言葉を聞くようになった。五輪の歴史の中で、いつ生まれた考え方なのか?

東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会による「2020年夏季大会立候補ファイル」冒頭の全体コンセプトを表現した地図。続けて第1巻の導入部で、ビジョン、レガシー、コミュニケーションを順に説明している(資料:東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会)
東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会による「2020年夏季大会立候補ファイル」冒頭の全体コンセプトを表現した地図。続けて第1巻の導入部で、ビジョン、レガシー、コミュニケーションを順に説明している(資料:東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会)
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 「“遺産”を意味するレガシーという概念を、IOC(国際オリンピック委員会)が本格的に議論し始めたのは2000年代に入ってからだ。2002年ソルトレークシティー冬季大会の招致にまつわる買収事件がきっかけとなり、IOCは大会招致の手続きの改革に着手した。その過程で浮かび上がってきた」

 「選考プロセスをできる限り透明化するための改革だった。判断要素を明らかにし、情実の入る余地を減らそうとしたものと考えられる。その結果、都市として大会招致に立候補する際に提出する書類(立候補ファイル)の中で、ビジョンと共にレガシーの説明が求められるようになった。大会を招致し、どんな遺産を残そうとしているかを問うものとしたわけだ」

 「もう1つ、当時既に膨れ上がる傾向のあった開催費用が問題視され始めていた。巨額を投じるのだから、一過性のイベントで終わらせるわけにいかない。開催都市や開催国に大会以後も残り続ける恩恵とは何か。レガシーという概念には、これを浮かび上がらせる役割があると期待されたのだと思う」

 「03年にはIOCが、オリンピック憲章に『ポジティブなレガシーを開催都市および開催国が引き継ぐよう奨励する』と明記した。12年夏季大会の開催都市を決める招致レースのときから、立候補ファイルの項目に反映させている。ロンドンが選ばれ、レガシーという言葉が強調される最初の大会となった」

レガシーの明文化に東京はどう対応した?

東京大会の開催決定が13年9月。そこから、レガシーに関連する計画はどのようにまとめ上げられたのか?

 「夏季大会に関しては、12年ロンドン大会、16年リオデジャネイロ大会を経て東京に決定した。以後、東京都や政府の他、経団連(日本経済団体連合会)、日本商工会議所、東京商工会議所、経済同友会によって構成されるオリンピック・パラリンピック等経済界協議会、JOC(日本オリンピック委員会)、JPC(日本パラリンピック委員会)など各機関がレガシー関連の検討を始めた。それらを総合し、レガシープランがまとめられた」

「2020年に向けた東京都の取組」15年版より(資料:東京都)
「2020年に向けた東京都の取組」15年版より(資料:東京都)
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「Toward & Beyond 2020 ANNUAL REPORT 2016」より。オリンピック・パラリンピック等経済界協議会は、16年から19年までレガシー形成活動に関する報告書(「アニュアルレポート」)を公表している(資料:オリンピック・パラリンピック等経済界協議会)
「Toward & Beyond 2020 ANNUAL REPORT 2016」より。オリンピック・パラリンピック等経済界協議会は、16年から19年までレガシー形成活動に関する報告書(「アニュアルレポート」)を公表している(資料:オリンピック・パラリンピック等経済界協議会)
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 「14年1月に東京五輪・パラリンピック大会組織委員会(組織委)が発足。15年2月に『開催基本計画』を策定している。会場・インフラ整備の方針や推進体制の他、『アクション&レガシー』の章を設け、5本の柱を掲げた。それぞれに実務検討会議と専門委員会の2段階の会議を設ける、という内容だった」

「東京2020大会開催基本計画」に示された5本の柱と、その推進イメージ。スポーツ・健康、街づくり・持続可能性、文化・教育、経済・テクノロジー、復興・オールジャパン・世界への発信──を5本の柱として示している(資料:東京五輪・パラリンピック大会組織委員会)
「東京2020大会開催基本計画」に示された5本の柱と、その推進イメージ。スポーツ・健康、街づくり・持続可能性、文化・教育、経済・テクノロジー、復興・オールジャパン・世界への発信──を5本の柱として示している(資料:東京五輪・パラリンピック大会組織委員会)
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16年に「アクション&レガシープラン」が策定された。そこに受け継がれた5本の柱は、後に8つの分野に再整理されている。それとは別に東京都が8つのテーマを掲げた文書があるなど、散漫な印象を与えるものになっていないか?

 「16年当時、“オールジャパン”をうたい文句に全国そして民間企業も巻き込む動きになった。それぞれの思惑が盛り込まれた結果、中身は総花的になったと言わざるを得ない。ターゲットイヤーである20年までに計画あるいは実行する全てをそう呼んでいる面がある。ぼんやりとした印象しか与えないのは確かだ」

 「東京大会では結局、組織委がプランの策定主体となっている。16年以後、19年まで毎年改訂してきた。ただし、『不可欠な要素として、オリンピック・レガシー委員会がある』と立候補ファイルに記したものの、レガシーに関する取り組みを評価し、大会後のレガシーに責任を持つ主体が大会直前まで明確にされずにきた一面がある」

組織委がまとめた「アクション&レガシープラン2016」に示された“オールジャパン”による取り組みの概要(資料:東京五輪・パラリンピック大会組織委員会)
組織委がまとめた「アクション&レガシープラン2016」に示された“オールジャパン”による取り組みの概要(資料:東京五輪・パラリンピック大会組織委員会)
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