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 東京五輪・パラリンピックの閉幕後、事後評価の議論は必ず起こるはずだ。そのとき開催都市として、大会招致の核心である「レガシー(遺産)」や関連する取り組みの持続性に、本格的に向き合う動きは現れるのか。前編に続き、今後の展望を立命館大学産業社会学部の金子史弥准教授に聞いた。

東京大会に合わせて建設された「有明アリーナ」。「無観客」開催の日を迎えた(2021年7月24日撮影)。収容人数1万5000人。五輪でバレーボール、パラリンピックで車いすバレーボールの会場となる(写真:日経クロステック)
東京大会に合わせて建設された「有明アリーナ」。「無観客」開催の日を迎えた(2021年7月24日撮影)。収容人数1万5000人。五輪でバレーボール、パラリンピックで車いすバレーボールの会場となる(写真:日経クロステック)
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そもそもレガシーの議論は継続されるのか?

レガシーという概念が定着したのか明らかではない中で、今後、開催都市・開催国としての議論は継続され得るのか?

 「今回の東京大会を巡っては、公式エンブレム(ロゴ)の当初デザインの撤回、国立競技場の当初計画の撤回、招致にまつわる汚職疑惑、さらに一連のコロナ禍対応など、問題が噴出した。そちらに目が向いてしまった面はあるが、レガシーに関する様々な取り組みがあったのを忘れてはいけない」

 「また、IOC(国際オリンピック委員会)は当然ポジティブな遺産を念頭に置いてレガシーを唱えているわけだが、”負の遺産”にも同様に目が向けられる必要がある。ロンドン大会の時点から、そうした視野の研究は現れている」

東京大会の開催基本計画によると、事後的にレガシーレポートを策定すると記されている。ロンドン大会の場合は、公的にはどのような評価体制が取られていたのか?

 「事後的な評価も大切だが、ロンドン大会では、開催前からレガシーに関する取り組みの進み具合をチェックしていた。英国政府やロンドン市が大学や民間のシンクタンクなどに委託し、定期的に評価報告書を取りまとめている。ただし、準備と並行しながらの作業には限界があるので、主には開催後に振り返る性質のものだと考えていいはずだ」

 「東京大会の場合、アクション&レガシープランの策定主体は東京五輪・パラリンピック大会組織委員会(組織委)だった。組織委は2016年から19年まで、主に『アクション』(レガシーを残すために実施する取り組み)の部分に関し、同プランを毎年改訂してきた。一方、そうしたアクションがどんな成果を上げているのかに関してはその評価方法を含め、具体的に示してこなかった」

21年7月21日公表の「大会後のレガシーを見据えた東京都の取組―2020のその先へ―」より。アクション&レガシープランとは別に刊行されてきたものだ。大会延期を踏まえて「新型コロナ対策」に関連する取り組みを冒頭に記している(資料:東京都)
21年7月21日公表の「大会後のレガシーを見据えた東京都の取組―2020のその先へ―」より。アクション&レガシープランとは別に刊行されてきたものだ。大会延期を踏まえて「新型コロナ対策」に関連する取り組みを冒頭に記している(資料:東京都)
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21年7月21日公表の「大会後のレガシーを見据えた東京都の取組―2020のその先へ―」より。様々な取り組みをテーマ別に整理したものだ。事後評価の視点が示されているわけではない(資料:東京都)
21年7月21日公表の「大会後のレガシーを見据えた東京都の取組―2020のその先へ―」より。様々な取り組みをテーマ別に整理したものだ。事後評価の視点が示されているわけではない(資料:東京都)
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21年7月21日公表の「大会後のレガシーを見据えた東京都の取組―2020のその先へ―」より。臨海部のスポーツ施設とは別に、後に分譲・賃貸マンションとなる選手村を取り上げている(資料:東京都)
21年7月21日公表の「大会後のレガシーを見据えた東京都の取組―2020のその先へ―」より。臨海部のスポーツ施設とは別に、後に分譲・賃貸マンションとなる選手村を取り上げている(資料:東京都)
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 「組織委は大会が終われば解散する。多くの出向者から成る機関で延期もあったので、ここまで組織を維持するのも大変だっただろう。一方、レガシーの評価および大会後のレガシー継続に向けたビジョンの提示は組織委に代わる誰かが行うことになる。組織委が策定したアクション&レガシープランと何らかの一貫性は持たせる必要がある」

 「ロンドン大会の場合、レガシープランをつくった文化・メディア・スポーツ省、およびロンドン市が第三者に委託する形で事後評価を行い、共同で大会後のレガシーに対するビジョンを策定した(HM Government and Mayor of London, 2014)。また、議会も評価報告書を取りまとめた。そこからすると東京大会では、文部科学省あるいはスポーツ庁、東京都、新たな第三者機関などが担い得る」

事後的な評価は公正かつ多角的になされると考えてよいのか? あるいは、それが約束されているわけではないのか?

 「評価軸としては、IOCが設定する『オリンピック大会影響調査(OGI調査、Olympic Games Impact Study)』が知られていた。これに対し、組織委は18年2月の時点で、IOCの新たな取り組みである『レガシー・レポーティング・フレームワーク』に移行させる他、持続可能性に関する報告書の取りまとめを検討すると発表している」

 「組織委は実際に、大会が開幕する直前の21年7月21日、『レガシー・レポーティング・フレームワーク』の一環として、東京都によるこれまでの取り組みの概要および今後の展望を発表した。レガシーに関わる24項目に沿い、ケーススタディ集として整理したものだ。また、大会後には東京都が主体となり、東京大会がもたらす社会的な変化に関する報告書も取りまとめるとアナウンスしている」

組織委は東京都と連携し、「レガシー・レポーティング・フレームワーク」に基づいた「ケーススタディ」を公表した。「大会が開催都市に及ぼすメリットの把握」を 目的とするものだ。対象となる24項目が列挙されている(資料:東京都)
組織委は東京都と連携し、「レガシー・レポーティング・フレームワーク」に基づいた「ケーススタディ」を公表した。「大会が開催都市に及ぼすメリットの把握」を 目的とするものだ。対象となる24項目が列挙されている(資料:東京都)
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「レガシー・レポーティング・フレームワーク」のケーススタディのうち、「競技施設の後利用」 の概要を示した部分。前出24項目に関して、それぞれ利害関係者、種別、地理的範囲、期間、実施主体、根拠、関連するSDGs(持続可能な開発目標)を記して整理している(資料:東京都)
「レガシー・レポーティング・フレームワーク」のケーススタディのうち、「競技施設の後利用」 の概要を示した部分。前出24項目に関して、それぞれ利害関係者、種別、地理的範囲、期間、実施主体、根拠、関連するSDGs(持続可能な開発目標)を記して整理している(資料:東京都)
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 「一方で、今回提示された24項目がどのように選定されたのかは定かではない。いずれの項目も東京都が15年に公表した『2020年に向けた東京都の取組ー大会のレガシーを見据えてー』(18年に改訂)や、このたび新たに策定された『大会後のレガシーを見据えた東京都の取組―2020のその先へ―』におおむね記載されているものだ。しかし、それらの文書にはより多くの目標が掲げられていた」

 「さらに、今回提示された項目は東京都の取り組みに関するものだけだ。組織委がアクション&レガシープランに掲げた取り組みはまだ他にある。今後、他の項目も同様に扱って順次公表していくのか。また、大会後、東京都以外の組織もレガシーに関する報告書を取りまとめていくのか。注視する必要がある」

 「IOCの枠組みと並行で、開催都市、開催国として独自の評価軸を設定して臨む方法もあり得る。ただし、事後評価に関して強い規定があるわけではない。熱が冷めてしまった中で、どの程度議論が深まるか、都民や国民を納得させるものとなるかは分からない面がある」