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シミュレーテッドアニーリング(SA)などイジングモデルを利用した組合せ最適化の解法(ソルバー)は以前からあったが、専用機としての存在意義を最初に示したのはカナダD-Wave Systemsが開発した量子アニーリング(QA)マシンだ。結果として、このQAマシンに触発されたSAマシンが続々登場するきっかけとなった。D-Waveは最初の量子ビット開発から16年間、量子ビット数を増やし続け、現在は5640量子ビットを集積したチップを実用化している。ただし、全結合でない課題から抜け出せていない。

 それまでは、ソフトウエアベースのSAしかなかったイジングモデルに専用機、それも論文で発表されたばかりの量子アニーリング(QA)を実装した専用機を世界で始めて開発し、2011年に商用化したのがカナダD-Wave Systemsだ(図5)。

図5 量子ビット数を2年で2倍のペースで拡大
図5 量子ビット数を2年で2倍のペースで拡大
D-Wave Systems社の量子プロセッサーの開発の歴史を示した。約16年で5640量子ビット。当初は約1年半で約2倍、最近は約2年で2倍弱のペースで量子ビット数を増やしている。次は「7000量子ビット」になる見通しだ。(図:D-Wave Systemsの資料を基に日経クロステックが作成、写真:D-Wave Systems)
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 同社は2006年末に初めて開発を対外的に公表したが、当初はいばらの道だったはずだ。というのも、量子コンピューターの研究者の大半が当時はQA自体を懐疑的に見ていたうえ、名も知らぬベンチャー企業が「断熱的量子コンピューター(AQC)を開発した」と主張したことで、「インチキ」「ただのSAマシン」という中傷に近い非難の大合唱になったからだ1、2)。東京工業大学の大学院生時代にQAの論文を発表したQAの第一人者の1人、現デンソー先端技術研究所 AI研究部 データサイエンス研究室 量子コンピューティング研究課 課長の門脇正史氏でさえ、「2011年に初めてD-Waveのマシンを知ったが、とても使えるものだとは思えなかった」という。

 その後、米NASAなどがこのマシンを評価し、共同研究を始めた。インチキ論争は2013年ごろまで続いたが、次第に「批判は誤りだった」と“白旗”を上げる研究者が増えた2)。現在は少なくとも8ビットまでは量子もつれがある、多数の量子ビットを非常に低雑音で実装したQAマシンという評価が定着しているようだ。ただし、激しい議論の中で、量子的加速(Quantum Speedup)が確認できないこともほぼ明らかになった。

ムーア則を超える勢いで規模拡大

 D-Waveは2011年以後、当初は1.5年で2倍、最近でも2年で2倍弱という驚異的なペースで量子ビット数を増やしてきた。現在は約5000ビットと、量子ビットの実装機としては他を圧倒する。近い将来に7000ビット版マシンを市場投入するもようだ。

 ただし、同社のマシンを組合せ最適化問題に使おうとするとすぐ大きな課題に直面する。全結合かそれに近い結合性を持つことが必要な組合せ最適化問題では、解ける問題の規模が極めて小さいという点だ。

 これは、量子ビット間の結合が実装上の制約から全結合ではなく、「キメラグラフ」または「ペガサスグラフ」というまばらな結合(疎結合)になっていることに起因する(図6)。

図6 1量子ビットの“手”は6個から15個へ増えたが、依然として全結合問題には課題
図6 1量子ビットの“手”は6個から15個へ増えたが、依然として全結合問題には課題
D-Waveの量子ビット間の接続の様子をグラフ化したもの。従来機のD-Wave 2000Qなどでは、1量子ビットが他の6量子ビット(ユニットセル内部の4量子ビットとセル外部の2量子ビット)と接続する「キメラグラフ」を用いていたが、約5000量子ビットを備える最新のD-Wave Advantageでは、1量子ビットが他の15量子ビット(ユニットセル内12量子ビット、セル外3量子ビット)と接続する「ペガサスグラフ」を採用した。全結合の問題を解くには、キメラグラフが実質64量子ビット、ペガサスグラフが実質74量子ビットとなる。(図:D-Wave Systems)
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