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 クルマがパワートレーンを内燃機関からモーターへと変えていけば、当然、そのデザインも変化してゆく。そんな、電気自動車(EV)時代における変化の先を考える上でヒントになる話を、「国際学生“社会的EV”デザインコンテスト2022」の会場で聞くことができた。

 国際学生“社会的EV”デザインコンテスト2022は、電気自動車普及協会(APEV)が主催する学生向けのコンテストだ。2022年のテーマは「2040年に予測される社会的課題に対応するEV」だった。

 最優秀賞グランプリに輝いたのは、東京都立大学大学院の「Sakai Mobility Systems」。車内で作物を育てるというEV「Transfarm」の提案だ。栽培に適した場所、販売場所へ、自ら移動できるのが特徴だという。環境の変化や高齢化などによる農業の衰退といった、食料への不安が高まる社会への対応策というわけだ。

最優秀賞グランプリを受賞した、東京都立大学大学院の「Sakai Mobility Systems」が提案するEV「Transfarm」。車内で作物を育て、栽培に適した場所、販売場所へ、自ら移動できるのが特徴だ(画像:東京都立大学大学院)
最優秀賞グランプリを受賞した、東京都立大学大学院の「Sakai Mobility Systems」が提案するEV「Transfarm」。車内で作物を育て、栽培に適した場所、販売場所へ、自ら移動できるのが特徴だ(画像:東京都立大学大学院)
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東京都立大学大学院の「Sakai Mobility Systems」は、環境の変化や高齢化などによる農業の衰退といった、食料への不安が高まる社会への対応策として、EVのコンセプトを提案した(出所:電気自動車普及協会)
東京都立大学大学院の「Sakai Mobility Systems」は、環境の変化や高齢化などによる農業の衰退といった、食料への不安が高まる社会への対応策として、EVのコンセプトを提案した(出所:電気自動車普及協会)
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 この手のコンテストを見て、「所詮コンテスト」と思ったり、「これが未来のEVのデザインなのか」と疑問を抱いたりする読者もいるだろう。だがこの手のコンテストを見くびってはいけないと筆者は感じている。そのきっかけは、コンテストの最終審査&表彰式の会場で出会ったある元カーデザイナーの言葉にあった。

 話を聞いたのは、IT・デジタルコンテンツの専門学校であるHAL東京(東京・新宿)で、カーデザインの講師を務めるHAL東京教務部教官の白岩直人氏だ。白岩氏は日系の大手自動車メーカーでカーデザインを担当した経歴を持つ。ちなみに、HAL東京は今回のコンテストに参加している学校の1つだ。白岩氏は同行者として会場を訪れていた。

IT・デジタルコンテンツの専門学校であるHAL東京(東京・新宿)で、カーデザインの講師を務めるHAL東京教務部教官の白岩直人氏。白岩氏はカーデザインの人材育成の現場について次のように説明する。「日本は自動車メーカーと合わせて、10社ほどのカーデザイン会社や部署がある。こんなにたくさんあるのは日本くらいだ。ただし、何百人も新卒の学生が入社できるような広い門ではない。せいぜい1社当たり5人ほど。つまり1シーズンで50人ほどしか入社できない狭い門だ。カーデザインだけでなく、モデラーと呼ばれる立体をつくる人、色のデザイン、ユーザーインターフェースもある。そこに向けて、クルマの歴史から始まり、レイアウト、パッケージング、2D(2次元)での表現、3D(3次元)での表現、そして英語をカリキュラムとして教えている」(写真:鈴木 ケンイチ)
IT・デジタルコンテンツの専門学校であるHAL東京(東京・新宿)で、カーデザインの講師を務めるHAL東京教務部教官の白岩直人氏。白岩氏はカーデザインの人材育成の現場について次のように説明する。「日本は自動車メーカーと合わせて、10社ほどのカーデザイン会社や部署がある。こんなにたくさんあるのは日本くらいだ。ただし、何百人も新卒の学生が入社できるような広い門ではない。せいぜい1社当たり5人ほど。つまり1シーズンで50人ほどしか入社できない狭い門だ。カーデザインだけでなく、モデラーと呼ばれる立体をつくる人、色のデザイン、ユーザーインターフェースもある。そこに向けて、クルマの歴史から始まり、レイアウト、パッケージング、2D(2次元)での表現、3D(3次元)での表現、そして英語をカリキュラムとして教えている」(写真:鈴木 ケンイチ)
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HAL東京の「HALO!」が提案するEVについて、コンテスト会場でプレゼンテーションをしている様子。コンテストの最終審査および表彰式は、幕張メッセで開催された「CEATEC 2022」の会場内で、2022年10月18日に実施した(写真:鈴木 ケンイチ)
HAL東京の「HALO!」が提案するEVについて、コンテスト会場でプレゼンテーションをしている様子。コンテストの最終審査および表彰式は、幕張メッセで開催された「CEATEC 2022」の会場内で、2022年10月18日に実施した(写真:鈴木 ケンイチ)
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 白岩氏は、今回のコンテストで各参加者が提案した多種多様なEVのデザインについて、次のように語った。「『昭和の頃のお父さんが、隣のクルマを見ながらアクセルを踏み込む』といったこととは違うものを学生は考えてはいる。もっと、ゆったりとクルマの中で何かをしたり、リラックスしたりするようなイメージだ。マイカーではなく、ソーシャルな乗り物の提案が多かったのは、そういう部分があるのだろう」(白岩氏)

 つまり、クルマに対する考え方や意味合いが今と未来では異なる。その違いがこれまでのデザインとは異なる、若者らしい提案につながっていると、筆者は受け取った。

 そんな未来のデザインを担う学生に対して、どのような指導が行われているのだろうか。HALは東京、名古屋、大阪の3カ所に拠点を置く専門学校で、日本では数少ないカーデザイン向けの学科がある。その現場で指導する白岩氏に、質問してみた。

 「一番分かりやすいのは、積んでいる物が違うということ。例えば、カップラーメンの具が違うということを、説明している。格好は同じだけど、(種類によって)中身が違うんだと」(白岩氏)

 なるほど、EVデザインは中身の違い、内包するエンジニアリングの変化に影響されているということなのだ。

 EVには、エンジンがなく、ガソリンタンクもない。エンジンから動力をタイヤに伝える長いシャフトのようなものもない。だからEVは、よりシンプルになる。その分、車内が広くなる可能性もあるし、クルマを小さくできる可能性もある。バッテリーが進化すれば、EVはさらに軽く小さくなって、中に積載できる物の選択肢が広がる。それだけに、「デザインの自由度が高まる」と白岩氏は指摘する。

 とはいえ、現状ではEVのデザインに驚くほど大きな変化は見られない。この点について、白岩氏は昨今のEVのデザインをどう見ているのか聞いてみた。

 「最新のEVはキャビンが大きくなっているようだ。室内の床が平らで広々としている。車内の広さという点で、ユーザーには利点がある。ただ、デザインの変化は、少しずつだ。見てくれもフレッシュに変わっていく。やり過ぎないように、フレッシュという程度だ」(白岩氏)

 現時点では、クルマは人が乗って動かすという使い方が主流だ。あまり大きくデザインを変化させてしまうと、クルマとは違うものとしてユーザーに捉えられてしまい、受け入れられない可能性がある。そのために大胆になり過ぎない程度のデザイン変更(フレッシュ)にとどめているというのだ。

 では、いつごろ、EVのデザインに大きな変化が現れてくるのだろうか。白岩氏は次のように語った。

 「だいたい、プラットフォームは10年くらい使うので、大きく変わるのは、そのタイミングだろう。およそ10年前に日産自動車がEVの『リーフ』を発売。その後、第2世代として(2020年に)『アリア』が登場した。その次は2030年ごろだろう。そのタイミングで変わっていくと思う。また、マイカーではないセグメントのカテゴリーも、大きく変わっていくはずだ。それで世の中の見え方も変わってくるだろう」(白岩氏)

 次世代のプラットフォームが登場するのは2030年ごろ。そのころは、学生が提案したように、クルマの主流がEVになっているというだけでなく、その存在自体も大きく変化する可能性があるというわけだ。これからの10年、20年でクルマは大きく変わるかもしれないのだ。

日産自動車のEV「アリア」。日産にとって、「リーフ」に続く第2弾に当たるEVだ(写真:日産自動車)
日産自動車のEV「アリア」。日産にとって、「リーフ」に続く第2弾に当たるEVだ(写真:日産自動車)
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人の移動以外が目的のEVも当たり前に

 改めて、国際学生“社会的EV”デザインコンテスト2022で表彰された、最優秀賞以外の提案を見ていこう。「経済産業大臣賞」「国土交通大臣賞」「環境大臣賞」など、7つを紹介する。未来のEVデザインのヒントが見つかるかもしれない。