タブレット端末などデジタルツールの導入は本来、手段でしかない。導入しただけで満足するのではなく、そのツールを使って何を実現するのかという目的を明確にする必要がある。荏原製作所にとってその目的とは社員間の情報格差の解消であり、情報の一元管理による工程の合理化であり、来るべき工場の自動化への備えだった。
ヒヤリハット報告が2件から95件に
ポンプや送風機などを製造する同社は2021年4月、国内2つの工場*1の全作業者434人(21年4月時点)にタブレット端末を配布した。(図1)。帳票の入力・閲覧や図面の確認、さまざまな報告などの電子化を進めるためだ。同社風水力機械カンパニーカスタムポンプ事業部 富津工場生産・製造業務プロセス革新課の山本泰司氏は、「タブレットを工場内で肩掛けして持ち歩いたり、作業台の上に置いておいて必要な時に写真を撮ったりと、人によってさまざまな使い方をしている」と話す(図2)。
タブレット端末を配布した目的の1つは、社員間の情報格差を解消すること。従来、執務職場の社員はパソコンを使用しているのに対して、製造現場の作業者にはタブレット端末もスマートフォンも配布されていなかった。同社グループ経営戦略・人事統括部人事部 ものづくり人材課課長の古内利和氏は「社員に対するアンケート調査にも、情報格差に対する不満は顕著に表れていた」と言う。
製造現場の全社員にタブレット端末を配布してから約半年。その効果は徐々に現れている。例えば、事故にはならなかったものの事故につながりかねない「ヒヤリハット」報告件数の顕著な増加だ。
タブレット端末の配布に伴い、ポータルサイト上にヒヤリハットの報告フォームを設けて21年6月から運用を始めたところ(図3)、端末配布前には富津工場で20年は2件しかなかった同報告が、21年6月からの3カ月ほどで既に95件(21年9月時点)に上っている*2。古内氏は「ヒヤリハットによる事故の未然防止対策は、これで劇的に変わるのではないか」と期待する*3。
勤怠管理や帳簿給与明細なども作業者が直接、情報を入力・閲覧できるようにした。いずれもそれらの効果は既に現れているという。同社は電子化による勤務時間やコストの削減に関する定量的データを試算している。例えば、勤怠情報の電子化では、作業者一人ひとりが直接入力するようになり、職場全体で平均12時間の勤務時間を短縮した。従来は、手書きした記録を職場ごとに上長がまとめて入力していた。給与明細もイントラネット上で確認できるようにしたことで紙の明細書の配布が不要になり、年間200万円程度のコストを削減できるという*4。
同社は、20年6月に発表した長期ビジョン「E-Vision2030」や中期経営計画「E-Plan2022」で、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進による生産性向上などを目指す方針を示している。全社的なIT基盤の確立は喫緊の課題で、製造現場へのタブレット端末の配布は、経営側からも現場側からも求められていた社内改革の一環だった。