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 霞が関では前例がない、200人もの民間人を採用して活躍の場を与えたデジタル庁。民間の力を生かす象徴が事務方トップを民間人が務めるデジタル監であり、菅義偉政権はその人選に力を注いできた。デジタル分野で実績を上げてきた経済人や学識者ら複数の候補者と精力的に交渉を進めたが、最終的には当初に意図した人材像は満たせなかった。

 平井卓也デジタル相がかねて発言していた「デジタルに深い理解を持つ」人材である。一方で現場がデジタル監に求める役割は異なる。「今の日本政府が取り組むデジタル改革の実態を考えれば、デジタルに関する経験は必須ではない」――。政府デジタル改革の最前線にいる実務者は口をそろえる。

 代わりに実務者たちが求めるのは、霞が関の官僚を動かす粘り強い調整力とリーダーシップだ。菅首相がデジタル改革で最重要で取り組む課題とした「中央省庁の縦割りを打破する」ために、最も重要な役割である。2021年9月1日に発足したデジタル庁で、初代デジタル監に就任した石倉洋子氏は「私はデジタルの専門家ではない」としながら「デジタルを生かす改革に取り組みたい」と意欲を語った。

初代デジタル監に就任した石倉洋子氏
初代デジタル監に就任した石倉洋子氏
(撮影:日経クロステック)
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 かつて同様の民間人ポストが鳴り物入りでスタートしたものの、その後に急速に存在感をなくした失敗がある。9年前の2012年に創設された政府CIO(内閣情報通信政策監)だ。大胆なシステム共通化や大幅なコスト削減などを狙ったの改革で、なぜ政府CIOは十分なリーダーシップを発揮できず、改革は尻すぼみとなったのか。その分析と反省がなければ、デジタル庁も失敗を再現しかねない。

省庁間の対立を解決できるか

 デジタル監が強力なリーダーシップを発揮して解決すべき縦割りの弊害は既にある。デジタル庁と他省庁の間で政策を巡る摩擦が生じており、デジタル庁に非協力的な省庁の動きもあるのだ。

 例えばデジタル庁が2021年内から仕様を順次、最終決定・公表する予定で進めている地方自治体のシステム標準化。ここではデジタル庁と、総務省や厚生労働省など関連省庁とが実務を共同で進める。だが、その関係がギクシャクしている。

 デジタル庁の前身である内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室(以下IT室)と総務省が標準化を進めていた2020年10月、自民党が総務省を「改革の抵抗勢力」と名指しした場面があった。自民党のデジタル社会推進本部の甘利明座長が「総務省は地方のデジタル化推進に逆行している」と総務省の予算要求の内容などを批判したのだ。

 この「総務省批判」が、自治体システム標準化におけるデジタル庁と総務省の役割分担の決定に大きく影響したという。関係者は「IT室が自民党に説明した標準化作業の課題を、議員らが相当に深刻な問題だと捉えたことが原因」と話す。しかし総務省側は「実務者による通常の議論を飛び越え、当時のIT室(デジタル庁)は政治を使って担当権限を確保した」と受け止め、不信感を募らせたようだ。

 住民情報や法人登記など、国の根幹を成す公的基礎情報データベース「ベース・レジストリ」の整備では、協力的とはいえない省庁の動きがある。ベース・レジストリの範囲を決めて標準化する作業は、デジタル庁が取り組む最重要事業の1つ。省庁の枠を越えて標準化しなければ、データ活用やシステム連携にも支障を来す。

 例えば住所は法務省が管轄する戸籍や登記、国土地理院が管理する地理情報、総務省の管轄下にある住民票などで様々使われる。それぞれの制度や地域によって住所表記に違いがあり、その解釈の仕方で場所が一致しないケースもある。

 そこでデジタル庁は各種制度で使える住所データを定義しようとしている。しかし一部の省庁は自らの制度の特殊性を主張しているといい、実効性がある標準化ができるかどうかは未知数だ。

 こうした省庁間のつばぜり合いや縦割りの死守に、デジタル庁が民間から採用した職員のほか、ITの専門家として実務に加わる民間人材、有識者らが巻き込まれている。もちろん官僚からすれば、これらの動きは霞が関における「通常運転」にすぎない。だからこそ「摩擦があってもデジタル庁が縦割りを壊し、実のある成果をつくり上げ、改革を推し進める意義がある」(デジタル庁幹部)。