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 「バイクのヤマハ」「エンジンのヤマハ」――。こう称されてきたヤマハ発動機が、世界的なカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)の機運拡大を追い風に変貌を遂げようとしている。2020年、電気自動車(EV)向け駆動用モーターの開発受託を開始。21年4月には、最高出力350kWの高性能モーターに手を広げると発表した。バイク、そしてエンジンとは別領域で勝負に挑む同社。開発の裏側に迫った。(本文は敬称略)

ヤマハ発動機のEV向け駆動用モーター
ヤマハ発動機のEV向け駆動用モーター
(左)コイル部分、(右)外観。写真は最高出力50kWのモデル。インバーターとギアボックスを組み合わせてユニットを構成する。2021年5月開催の「人とくるまのテクノロジー展2021オンライン」で披露した。(出所:ヤマハ発動機)
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 「ようやく空港に到着か」
 「どんなEVが拝めるか楽しみですね」

 17年初頭、ヤマハ発動機の原隆はチームの技術者数人と共に米国を訪れていた。原は同社技術・研究本部AM開発統括部AM第2技術部の部長(現在)。駆動用モーターの開発責任者を務める人物である。今回の訪米の目的は、とある米EVメーカーの視察。直属の上司からの指令を受けてのものだった。

 当時、日本メーカーのEVといえば日産自動車の初代「リーフ」(ZE0型)や三菱自動車の「i-MiEV」くらい。とはいえ、電動化の機運は確かに盛り上がっている。ヤマハ発動機としても何か行動を起こさなくては時代に取り残されかねない。先進的な取り組みをみせる米EVメーカーからヒントを得ようと、原はその門をたたいた。

 「なんだ、この圧倒的な加速力は……」

 試乗した試作EVは、あらゆる点で原の予想を上回るものだった。駆動用モーターによる抜群の加速力はもちろん、クルマの基本性能である「走る・曲がる・止まる」のすべてでレベルが高い。また、車内空間に曲面ガラスを使用し、大衆車とは異なる先進的なスタイルに仕上げていた。

 さらに、開発スピードもガソリンエンジン車に比べて驚異的に速い。原のような部外者に対しても試乗を快諾してくれるオープンな企業文化も新鮮に映った。あっけにとられる原に対して、米EVメーカーの技術者はこう切り出す。

 「ミスター原、我々は高性能エンジンをヘリテージ(遺産)だと思っています。一方で、モーターはアバンギャルド(前衛的)です。この差は埋められない」

 この言葉が原の心に刺さった。入社以来エンジン開発に明け暮れてきた。所属も、古くはトヨタ自動車のスポーツ車「トヨタ2000GT」、近年では同社高級車ブランド「レクサス」の「LFA」など、高性能エンジンを軸とした開発部署である。

 そのせいか、どこか駆動用モーターや電池といった電動機構に対して“ふた”をしてきた部分があったのかもしれない。エンジン技術者としての経験とともに固く閉まっていったそのふたが、米国で目の当たりにしたEVの衝撃によって音を立てて一気に外れた。

 「本気で電動化に取り組もう」

 帰国便の機内、原の心中には技術者としての熱意が燃え上がっていた。

行き詰まった“素人集団”

 帰国後、静岡県磐田市のヤマハ発動機開発拠点で、原はさっそく電動化に向けた本格的な技術企画をスタートさせた。

 すべては手探りだった。開発部隊は、ほぼ全員がエンジン畑の技術者。電気系の技術者を招き入れはしたものの、駆動用モーター開発に関しては“素人集団”といっても過言ではない。エンジン気筒内の燃焼、吸気・排気のバルブ機構などはイメージがたやすいが、大多数が電気という「見えない世界」への苦手意識を持っていた。

 「何をどうすればいいんだ……」

 慣れない技術領域に対し途方に暮れた時期もあった。原をはじめとするエンジン技術者は、鉄やアルミといった材料部品の取り扱いは得意である。しかし、駆動用モーターの性能を決める肝は中身にある。磁石の磁界部分の設計など、一朝一夕で実現できるものではない。