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 ヤマハ発動機の卓越したエンジン技術者ではあるが、駆動用モーター開発については“素人集団”も同然だった原隆(現在、同社AM第2技術部の部長)ら開発チーム。地道な全国行脚で専門家から技術を学び、ついに最高出力35k~200kWの範囲で小型・軽量の駆動用モーターを開発受託できる体制を整えた。だが2020年2月、満を持して開発受託を始めた原らに厳しい現実が待ち受けていた。(本文は敬称略)

ヤマハ発動機の電気自動車(EV)向け駆動用モーター
ヤマハ発動機の電気自動車(EV)向け駆動用モーター
写真は最高出力350kWのモデル。2021年5月開催の「人とくるまのテクノロジー展2021オンライン」で披露した。(出所:ヤマハ発動機)
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 それは、開発受託を正式発表して間もない20年春のこと。原ら開発チームは、以前から取引のあった自動車関連メーカーから問い合わせを受け、駆動用モーターの開発受託について説明に赴いていた。

 「先方から届いたメールではとても興味がある様子だった」
 「どんな反応が得られるか楽しみですね」

 原ら開発チームが始めた開発受託は、電気自動車(EV)を開発しようとする既存もしくは新規参入のメーカーに対して、駆動用モーターの性能・寸法などを提案。試作車1台分から試作して供給するというものだ。将来的には駆動用モーターにインバーターやギアボックスといった基幹部品を組み合わせてユニット化した、いわゆる「イーアクスル」としての供給を視野に入れていた。

 これなら、パワートレーンと車両のチューニングという原ら元エンジン技術部隊が長年積み重ねてきたノウハウを生かせる。トヨタ自動車向けの高性能エンジンを手掛けてきた原らにとって、車両全体の挙動、騒音、振動の調整や制御は得意領域だ。既存の駆動用モーターメーカーに対して確実に競争優位性を示せる。

 原ら開発チームが全国行脚によって掘り起こした需要を捉え、かつヤマハ発動機の強みを生かせる新ビジネス。もちろん成功の自信はあった。しかし、一通りの事業説明を済ませた原に対して、自動車関連メーカーの担当者は“渋い顔”を見せてこう言った。

 「もう少し価格を抑えられませんかね」

 どうやら既存の駆動用モーターメーカーから受けていた提案の方が、ヤマハ発動機に比べてはるかに安価だったらしい。もちろん、原も期待に応えたい気持ちはあった。しかしながら、モーターコイル用被覆銅線の平角線を内製に切り替えるなど、徹底的な小型化・軽量化、そして低コスト化を図ってきた。それも大量生産ではない開発受託。これ以上の値下げはどうしても難しかった。

 確かに競合他社の存在は強大だった。ヤマハ発動機が狙った駆動用モーターに基幹部品を組み合わせたイーアクスルでは、日本電産をはじめ、デンソーやドイツBosch(ボッシュ)、同Continental(コンチネンタル)といったメガサプライヤーも積極的な研究開発を続けていた。まさに激戦区。部品共通化など規模の力で低コスト化を図られては、価格でヤマハ発動機に勝ち目はなかった。

 しかし、原としてもここで引くわけにはいかない。ヤマハ発動機の主力事業であるバイクは、クルマに比べて電動化が遅れている。車両サイズや質量の関係から大容量の電池パックが積めず、必要とされる航続距離の確保が難しいためだ。

 まだしばらくはバイクもガソリンエンジン車が主流であろうが、それも世界的なカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)のうねりの中で、いつまで事業を継続できるか不透明感がぬぐえない。

 EV向けの駆動用モーターを新たな事業の柱にするしかない。原は食い下がる。

 「当社の強みはチューニングにあります。必ず期待に応えられる車両性能を実現しますので、当社に開発を受託させてください」

 数秒間の沈黙の後、担当者が出した答えは「NO」だった。

どうやって生き残るか

 「かなり渋い回答でしたね」
 「それだけ競合他社が強いということか」
 「でも諦められませんよ。次の策を練りましょう」

 静岡県磐田市の開発拠点に戻り、原ら開発チームは対策会議を重ねた。まず、弱みとして浮き彫りになった価格競争力をどう確保するかだ。これについては相手も企業だ。慈善団体ではない。試作開発における予算という言葉の重みを、エンジン技術者としての経験が長い原もよく理解している。

 では次の一手として何が必要か。競合他社に差をつけられるほどの低価格を提案し直すか、あるいは……。