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 新型コロナウイルス禍で苦闘を続けるなかでも、システム開発やデータ分析を担うIT人材の「内製」に取り組む全日本空輸(ANA)。データ活用による顧客サービスの強化や新たなプラットフォームビジネスに取り組む理由を含め、実質的な最高情報責任者(CIO)を務める荒牧秀知執行役員デジタル変革室長に聞いた。

(聞き手は金子 寛人=日経コンピュータ副編集長)
荒牧 秀知(あらまき・ひでとも)氏
荒牧 秀知(あらまき・ひでとも)氏
1963年生まれ。1988年京大法卒、全日本空輸(ANA)入社。ロサンゼルス支店、営業推進本部グローバルレベニューマネジメント部副部長、業務プロセス改革室イノベーション推進部長、ANAホールディングス事業推進部部長(ヤンゴン駐在)、業務プロセス改革室企画推進部長などを経て、2019年4月ANAシステムズ社長。2021年4月から現職。(撮影:陶山 勉)
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データ分析や、データを活用したシステムの開発を担うIT人材を、社内で育成する取り組みを始めました。ANAではデータをどのように活用していくのでしょうか。

 航空業界も他の産業と同じようにデジタル化が大幅に進んでいます。例えば当社の主力の航空機となっているボーイング787型は(大量のデータを抱えていて)ある意味「空飛ぶデータセンター」のようなものです。操縦室の運航システムもエンジンも全て電子制御になり、そこから膨大なデジタルデータが生み出され、他でも活用できるようになっています。

 お客さまは皆さんスマートフォンなどの端末をお持ちです。顧客サービスを担う部門もデジタルへの取り組みへの感覚が研ぎ澄まされていると思います。

 データやデジタル感覚を生かすため、例えば顧客サービスに向けては「CX基盤」というシステムを整備しました。そこに営業系やマーケティング系、運航系、整備系などの既存システムにそれぞれ蓄積しているデータを仮想的にアグリゲート(集約)して、横串を刺したり、新しい切り口でデータを見て仕事の組み立てを変えたりしています。

 CX基盤に蓄積したデータを活用する仕組みとして、「CXポータル」というシステムを2021年3月に正式稼働しました。顧客サービスを担う各部門がデータを共有し、お客さま向けにサービスやサポートを提供するためのシステムです。

 例えば欧州行きのフライトが何らかの原因で大幅に遅れたとき、お客さまにはその記憶が残ります。当社としては次の局面でリカバリーできるチャンスがあるのに、これまで復路便の客室乗務員はお客さまごとの細かいフライト情報を持っていなかったがために、いつも通りの満面の笑みで「いらっしゃいませ」という対応になっていました。

 CXポータルの稼働後は、往路のフライトで大変なご迷惑をお掛けしたことが分かりますので、復路の機内で「○○様、行きのフライトでは大幅に遅れて大変ご迷惑をお掛けしました。ビジネスは大丈夫でしたでしょうか」とおわびできます。それによりリカバリーでき、関係性を再び築ける余地が生まれるわけです。

 そうした形で予約センターから客室乗務員までがデータを連携し、それを基にサービスを提供していると知ってもらえれば、お客さまに他社にない新たな体験価値(CX)を感じてもらえると思っています。

 併せて「分析基盤」というシステムも用意しました。蓄積したデータを分析する中から、新たなサービスの提供や顧客サービスの高度化などを目指す取り組みを、ANAのデジタル変革室にいるデータサイエンティストのチームが進めています。

PCが苦手な客室乗務員、IT部門への異動半年で「楽しくて仕方ない」

データの分析や活用を今までより高度に取り組んでいくためにも、IT人材がさらに必要なり、他部門の現場社員をIT人材として育てているのですね。

 そうですね。しかもそうしたデータ分析やシステム開発を、アジャイル的に短いサイクルで回す場合、社内にそれができる人材がいるのと、そのつど社外に発注するのとでは機動性が変わってきます。

 また、社内の(元現場社員の)IT人材は空港などの現場も体験しており、様々なお客さまと接したときの経験や航空便が遅延したときの対応など、数字の向こうにある情景を思い浮かべられます。IT部門に来てからも、データの読み解き方やサービス向上のアイデアなどを、以前の同僚にすぐ相談できるのも社員ならではです。

 もちろん現場の社員をIT部門に迎え入れるだけでなく、IT部門からも現場に人を送り出すといった交流は重要だと思っています。

現場出身者がIT部門に来るのはメリットもある半面、育成も大変そうです。

 新型コロナ禍で航空便の運航が減ったこともあり、2020年秋にIT部門で働く人材をANAグループ全体に対して公募しました。その結果、35人の社員がANAシステムズに出向し、今一緒に仕事をしています。

 公募の際、ITの経験は不問としました。客室乗務員も10人ほど来ているのですが、パソコンは苦手という方もいます。

 そうした方にはトレーニングを慎重かつ丁寧に進め、その後もそれぞれの適性に応じて配属し、ANAシステムズの社員がOJT(職場内訓練)でサポートしています。公募から約半年がたった2021年3月に出向者と話したところ、全員「楽しくてしょうがない」と目を輝かせており、私も感無量になりました。

 2021年にも、ANAのデジタル変革室でデータ人材を公募したところ、若手の整備士などが手を挙げてくれました。

 応募してくれた皆さんは、それぞれの現場経験を基に「こういうことができると仕事が変えられるのに」というアイデアを持っていたり、現場で変革に取り組んだ経験から「変革を進めるための知識や、知見のある人と一緒に働く経験をしたい」と考えたりして応募してくれます。特に20代、Z世代の若手社員はそうした意欲が高く、独学でプログラミングを勉強している社員もいました。