デジタル庁が2025年度末までに整備する方針を掲げている「ガバメントクラウド(Gov-Cloud)」と自治体のシステム標準化が、ITベンダーの公共ビジネスに大きく影響しそうだ。ガバメントクラウドとは複数のクラウドサービスを組み合わせた政府共通のシステム基盤である。各府省庁はこれまで独自に整備・運用してきた情報システムをガバメントクラウド上に原則移行する。
影響を受けるのは府省庁だけではない。自治体も基幹業務システムなどをガバメントクラウド上にある標準アプリケーションに原則移行する。これに伴い、各府省は市町村の住民記録など、業務ごとの標準仕様の策定を急いでいる。
自治体向けアプリケーションの開発事業者は今後、標準仕様に準拠した基幹業務アプリなどを開発してガバメントクラウド上に構築する。自治体は開発事業者と利用契約を結んでガバメントクラウド上のアプリに基幹業務システムを移行する。
ガバメントクラウドが整備されると、府省庁や自治体はこれまでのように自らサーバーやソフトウエアを所有したり、個別に情報セキュリティー対策や運用監視をしたりする必要がなくなる。コスト削減や迅速なシステム構築、柔軟な拡張が可能になるだけでなく、職員は業務をオンラインでこなせるようになり、データの移行や庁内外のデータ連携も容易になると期待されている。
ガバメントクラウドの整備は「システムの統一」という点で、国によるIT産業政策のターニングポイントとなりうる。まずは日本のコンピューター産業の歴史を振り返ってみよう。
貿易自由化の見返りで始まった保護政策
日本の行政機関のシステムは基本的に、国の府省庁や都道府県、全国1724市区町村(2021年9月28日現在)が個別に構築・運用してきた。法律で決められた自治体の事務は全国一律である半面、各自治体は条例や規則で手続きなどの「様式」を定めている。この様式を個別にシステムに反映した結果、ばらばらなシステムが乱立し、無駄を生んできたと批判される場面が多い。
しかし実は、国の行政機関や自治体のシステムや様式が統一されなかったのは歴史的な経緯がある。かつて日本の国産コンピューターメーカーは、通商産業省(現経済産業省)が定めた外資規制や輸入制限による「産業保護政策」下にあったからだ。
遡ること60年前の1961年。通産省は国内コンピューター産業の育成を目的に、大手メーカー7社と政府が折半出資して国策会社である日本電子計算機(現JECC)を設立した。
7社とは、OKI(沖電気工業)、東京芝浦電気(現東芝)、NEC、日立製作所、富士通信機製造(現富士通)、松下電器産業(現パナソニック)、三菱電機である。各メーカーが開発したメインフレームのレンタル販売を始め、JECC設立から8年後の1969年には、大部分の自治体がJECCからのレンタルを通じてコンピューターを導入したという。
1963年には閣議決定で「官庁納入の電算機は国産機に限る」という方針を打ち出したり、1969年には自民党に情報産業振興議員連盟が結成されたりするなど、貿易自由化と国産メーカーの育成に政治的関心が高まっていた。既に日本から米国への繊維製品の輸出が日米間の貿易摩擦として政治問題化していた背景もある。
貿易自由化と国産メーカー育成の両立にてこ入れしたのが、1971年7月に佐藤栄作内閣の下で通産相に任命された田中角栄氏である。国内市場を開拓していた米IBMなどに電子計算機の輸入自由化の恩恵を与える見返りとして、国産メーカーに国際競争力をつけるために補助金制度などを設けて行政機関や自治体に利用させた。行政機関や自治体という安定した市場を確保したわけだ。なお一連の経緯は静岡県立大学の宮崎晋生講師など、多数の論文で紹介されている。
田中通産相は、国産メーカーがIBMなどと対等に戦えるように主導的にコンピューター業界を再編した。富士通と日立製作所、NECと東芝、三菱電機とOKIというペアでコンピューター開発の提携を結ばせ、それぞれに補助金を集中投入した。1972年度から5年間にわたって570億円に上る「新製品系列開発補助金」などを支出し、自治体はJECCのレンタルサービスを通じて、3グループのいずれかからメインフレームを導入するようになった。