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 2011年にドイツのハノーバーメッセで「インダストリー4.0(Industry 4.0)」が提唱されてから10年。その後の発展と現在の状況や課題について、長年ライフサイクルエンジニアリングとサステナブルマニュファクチャリングの研究を手掛けてきたフラウンホーファー研究機構被膜・表面技術研究所(IST)所長のクリストフ・ヘルマン氏に聞いた。(聞き手は木崎 健太郎)

フラウンホーファー研究機構被膜・表面技術研究所(IST)所長のクリストフ・ヘルマン氏(出所:オンライン取材からキャプチャー)
フラウンホーファー研究機構被膜・表面技術研究所(IST)所長のクリストフ・ヘルマン氏(出所:オンライン取材からキャプチャー)

最近のインダストリー4.0をどのように見ているか。

 10年前からインダストリー4.0のテーマだった、生産システムの最適化はかなり進展してきた。データ駆動型の新しいビジネスモデルを実行するスタートアップが出現しているのも成果だと思う。人工知能(AI)、自動化、5G(第5世代移動通信システム)といった新技術の開発と応用も進展している。

 最新の状況としては、レジリエンス(変化への対応)の強化手段、サステナビリティーやサーキュラーエコノミーの実現の手段としての認知も高まってきた。

サステナビリティーには、インダストリー4.0はどのように関係するのか。

 2つの側面がある。まず、製品が何から造られているかの詳細な情報の管理を可能にする。これらの情報が現在は不足しているため、適切なリサイクル、再利用や再生が難しい。インダストリー4.0によって、製品や素材に関する情報をクラウドや製品自体に記録できる。このように、材料や部材がどう得られたかの透明性の確保を可能にする。現在、日本や米国、ドイツ、欧州の多くの企業は、材料がどこで造られたのか、不当な搾取行為が関係していないかなどの情報を必要としている。インダストリー4.0の技術をブロックチェーンなどの技術と組み合わせて、サプライチェーンの透明性を高められるだろう。

 例えば、最近世界経済フォーラムのグローバル・バッテリー・アライアンスが「Battery Passport」のコンセプトを発表した。モバイル機器や電気自動車に搭載する2次電池について、含有物質や履歴の詳細な情報を管理し、それによってリサイクルや分解が容易になる。リサイクルを担う企業が製品の情報を得られない、という状況の解消を目指している。同じようにさまざまな製品のデジタルツイン(仮想空間に現実の作業を再現する)は、製造時や使用時に加えて、寿命を迎えたときにもリサイクル工程の自動化や、より良い意思決定に利用できる。

 もう1つの側面では、インダストリー4.0はエネルギーグリッドの脱炭素化、つまり再生可能エネルギーの利用を拡大する役目を果たす。変動の大きい再生可能エネルギー供給を、需要と統合して制御できるスマートグリッドへの転換を推進できる。さらに、インダストリー4.0はエネルギー利用の効率化にも役立つ。例えば、エネルギー消費を抑えるべきときに需要者で機械を自動シャットダウンするなどの仕組みを支援できる。

マス・カスタマイゼーションはインダストリー4.0の目標の1つだと思うが、十分に実現できたと考えているか。

 自動車メーカーでは既に、顧客がクルマの仕様を多くのバリエーションから選べるようになっているという意味では、マス・カスタマイゼーションを実現している。現在は、次のレベルに移行する時期なのではないかと思う。顧客個人ごとにパーソナライズされた製品の生産を手ごろな価格で可能にする、という方向だ。

 例えば、メガネの業界は中小企業も大手企業もデジタル情報を利用して、個人に合わせた製品の生産を可能にしてきている。ここでカギとなっているのはインダストリー4.0の技術。顧客のデジタルモデル、製品のデジタルモデル、生産設備のデジタルモデルがともに必要になる。

インダストリー4.0の現在の課題は何か。

 既存工場でのデータ取得の複雑さが課題になっている。プロトコルや規格の違いもあり、既存のデバイスやプロセスをインダストリー4.0のシステムに統合するのは簡単ではない。特に、中小企業にとっては初期投資コストが高くつき、元を取れるか不明確な場合がある。センサーやコンピューターネットワーク、サーバーなどの費用に加えて、インフラの維持、データの取り扱い、データセキュリティーの管理といった運用コストもかかる。

 現状では世界の多くの中小企業は、今日もなお“インダストリー2.0”にとどまっているといえる。日本でも、例えばメガネ産業は高度にマニュアル化されていたり、自動化が進んでいたりするが、デジタル化はあまり進んでいないようだ。

 しかし、最近の新しい工作機械や設備は最初からセンサーを装備していたり、データ交換プロトコル「OPC-UA」のような通信規格に準拠したりしているので、投資が少なくて済む。既存の機械に実装しやすいセンサーモジュールなどを提供する企業も増えてきた。

 ドイツでは中小企業に対して、モデル工場や実証実験中の工場を見られる機会を提供していて、非常に価値のある取り組みだと思っている。中小企業は、自社に同様の設備を導入した場合にどのようなメリットがあるのかを予測でき、システム導入のリスクを減らせる。