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 DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質は、多様なデータを活用した全体最適の実現にあると、NECの遠藤信博会長は力を込める。加工済みの「情報」に頼る従来のアプローチでは個別最適から脱することができず、大量かつ多様なデータをそのまま分析・活用することが複雑な社会問題の解決につながるという。DXの本質とデータ活用の在り方、デジタル立国に向けた日本の針路について遠藤会長に聞いた。

(聞き手は大和田 尚孝=日経BP 総合研究所 イノベーションICTラボ)

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い社会のデジタル化が急速に進む中、DXというキーワードが「氾濫」しているようにも感じます。DXとは何か、社会にどんな変化をもたらすのか、どのように考えていますか。

 私なりに解釈すると、DXは従来のハードウエアデシジョン(ハードウエアを使った意思決定)の世界から、ソフトウエアデシジョン(ソフトウエアを使った意思決定)の世界へと変化をもたらします。

NECの遠藤信博会長
NECの遠藤信博会長
(撮影:日経BP 総合研究所 イノベーションICTラボ)
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 例を挙げます。自動車のアクセルやブレーキに関する制御があります。アクセルを踏んだら前に進む、というのがハードウエアデシジョンです。これに対してソフトウエアデシジョンは「(何らかの状況データから)スピードが出過ぎていると判断して、ブレーキをかけるよう指示を出す」といった仕組みです。

 DXによってソフトウエアデシジョンの世界が来ると、世の中の価値観が一変するでしょう。サイバー空間ではデータやAIの分析結果を基に、ソフトウエアが意思決定をしていく形になります。

よく言われるように、アナログからデジタルの世界に変わっていく、ということでしょうか。

 アナログとデジタルを対比させることは、DXを正しく理解するための妨げになると感じます。DXによってアナログからデジタル(の世界)になるのではなく、判断のアーキテクチャーそのものが変わるのです。

アナログの役割をデジタルに代替する、ということではなく、物事を判断する意思決定の仕組みから抜本的に変わるということですか。

 ええ。別の言い方をすると、デジタルという言葉を使わずに、データ活用と言い換えたほうが理解しやすいかもしれません。

 私の考えではまず多様なデータが(世の中に)あり、情報はそれらデータ(の一部)を意図的に集めてつくった「データのサブセット」です。情報をつくる際、使わなかったデータは捨てることになります。情報という形にすることによって、データを可視化でき、人は頭で理解できるようになります。

全体最適の鍵はデータ活用にある

大量のデータから有用な「知見」を得られるということですね。

 ええ。一方で、情報という形に(加工)するためにデータを絞り込んでいるので、(加工後の)情報からは当初の目的以外の価値を引き出すことはできません。ここがとても重要です。言い換えると、情報という形に(加工)した途端に、部分最適の考え方になっている、と言えるのです。

 近年よく使われるスマートという言葉にも共通しますが、DXの本質は社会の「全体最適」を進めるところにあります。複数の社会課題を同時に解決するために、様々な要素を組み合わせて、全体を見据えた視点から最適な答えをつくることです。

 この点から見ても情報には課題があります。情報は他の情報との関連をつかみにくいのです。それはなぜかというと、データを加工してしまっているからです。加工済みの情報が複数あるとき、それぞれがどのように関連しているのかを示せないケースが多くあります。

様々な課題があるにもかかわらず、これまで情報という形が重宝され、世界中で活用されてきたのはなぜですか。

 データから直接何らかの示唆を得るには、ものすごいマシンパワーが必要だからです。コンピューターの性能に限界があったため、現実的ではなかったわけです。

 しかし現在は、データをデータのまま扱い、その都度(大量分析によって)必要な解を導き出すためのマシンパワーが容易に得られるようになっています。これにより、今までは見えなかったデータ同士の関連性が見えるようにもなってきています。つまり、全体最適の答えが出せる可能性が一気に出てきたのです。

 これはとても大きなことです。例えばエネルギーの問題が解決に向かうかもしれません。これまではエネルギー問題と言えば、エネルギーを作る側のことばかり言われてきました。それは情報を得やすかったからです。これからはデータを扱うことで、エネルギーを使う(企業や消費者)側も含め、まさに社会全体の最適化を図れる可能性があります。

官民協働が不可欠

データ活用による全体最適の例は、他にどんなものがありますか。

 物流の問題にも適用できると思います。よくドライバーの人手不足が話題になりますが、実はトラックの平均積載量は40%以下です。積載量が常に100%以上ならばドライバーが足りないというのも分かりますが、現状では人手不足と言いながら一方で積載量が低いわけです。

 一部の業種でメーカーの垣根を越えた共同配送などが始まっていますが、それでも物流網全体の効率低迷という問題の解消までは至っていません。その理由は、各社がデータを情報の形に加工して持っており、(会社間もしくは異業種との間で)十分な連携ができないことにあります。

 もし、会社や業界の垣根を越えて物流のデータにアクセスできるようになれば、トラックの積載量は確実に上がります。物流と無縁な業種はほとんどありません。物流の効率が高まれば、あらゆる業種の競争力が高まります。このようなアプローチが、データ活用による全体最適というわけです。

 もちろん規制なども絡んできます。例えばドライバーが仕事を奪われないことを目的にした規制があります。一部の規制が部分最適の原因になっている面があります。データ活用や情報システムについて考えるだけでなく、規制改革にも取り組んでいくべきです。