デジタル技術によって人々の暮らしをもっと豊かで便利にする、いわゆる「デジタル立国」を極めるために、日本の企業や行政機関、学術機関はどんな取り組みをしていくべきか――。2021年10月12日に日経BPが開催した「デジタル立国ニッポン戦略会議」において、5人のキーパーソンがデジタル活用の在り方について討論した。
5人とは東京都の宮坂学副知事、NECの遠藤信博会長、デロイト トーマツ グループの松江英夫CSO(戦略担当執行役)、デジタル庁の津脇慈子企画官、慶応義塾大学の村井純教授だ。村井教授は討論の司会を務めた。
本記事のタイトルで取り上げた「デジタル道」という表現は、日本ならではの視点でデジタル化を推し進めるための道のりを指す。村井教授によれば、世界では「デジタルコンピテンシー(デジタルを使って何かを成し遂げる力)」の重要性について議論が進んでいるという。
村井氏はかねて「我々は学生の頃から茶道、華道、柔道、剣道といった『道』を学ぶことに慣れている。そこでデジタルコンピテンシーをデジタル道と訳し、日本ならではのデジタル化への道について国内で議論してはどうか」と提唱している。
デジタル道を極めるためのポイントについて、村井教授は4点を示した。第1にどんな国を目標にするのか。第2にどうやって成し遂げていくのか。第3に誰がどう担うのか。第4に、データを扱うために国民とどう信頼関係を醸成するか、である。これらのポイントを踏まえた形で、4人の登壇者に意見を求めた。
宮坂副知事は「シン・トセイ」でDXの準備を急ぐ
まずは東京都の宮坂副知事だ。東京都は都政における構造改革の取り組みを「シン・トセイ」と名付け、デジタルの力を生かした様々な施策を実行している。
宮坂副知事は「デジタル技術を取り入れるのは、組織のカルチャーを変えることとセットで行うことが重要だ」と強調。「民間企業は2000年代からデジタルに向き合ってきたが、行政機関は昭和型の仕事様式のまま令和を迎えてしまっている」と指摘した。
行政機関がデジタルと向き合ってこなかった結果、「DX(デジタル変革)を進められる、いわば『DX-Ready』と呼べる状態にまだなっていない」(宮坂副知事)。そのため、まずは2025年までにDX-Readyとなるようデジタル環境を整え、その後一気に進化の速度を上げていきたいとの考えを示した。
改革を推し進める上で重視しているのが、デジタルによる新施策をアーリーアダプターと呼ばれる層に受け入れてもらうことだ。「あらゆる製品、サービスがそうだが、初期にそれらを使うアーリーアダプターに受け入れてもらえるかが、その後全体に広げる上での鍵になる」(宮坂副知事)。
都庁のデジタル化はいま、アーリーアダプターが新たなツールを使っている段階だという。「一番しんどいところだが、ここを乗り越えることが重要だ」(同)と力を込めた。
もう一つ、宮坂副知事が重要だと考えるのが、改革に「複利を利かせる」ことだ。宮坂副知事は「行政は単年度予算であるため意識されにくいが、前年より2割改善する取り組みを続ければ10年で6倍以上になる。継続が重要だ」と語った。
シン・トセイは仕事の進め方として「スピード」「オープン」「デザイン思考」「アジャイル」「見える化」という5つのキーワードを提示している。宮坂副知事は「カルチャーを変えていきたい」と意欲を見せた。
遠藤会長が主張する、全体最適の2大ポイント
NECの遠藤会長は日本全体のことを考える取り組みの重要性を指摘するなど、高い視座からの意見を述べた。
遠藤会長は「近年よく使われるスマートという言葉は、全体最適を意味していると考える。名称にスマートが付く取り組みにおいては、いくつかのファクターを組み合わせて最適化し、全体最適の視点で答えをつくることが必要になる」と語った。
新型コロナウイルスの感染拡大により、人々はデジタル技術を使うことで場所や時間にとらわれず働けると分かった。遠藤会長は「会社という場所に集合しないとできないと思っていた価値創造が、分散(環境)でもできることが明らかになった。個人の主体性や能力をより尊重して価値創造に取り組めることも理解されるようになってきている」と語った。
「企業や業種、国境を越えたバーチャルな価値創造もICT(情報通信技術)の進化によって可能になってきている」(遠藤会長)とし、「企業同士が集まって新たなバリューチェーン(価値連鎖)をつくることが当たり前になる」(同)と説明した。
バリューチェーンをつくる上でのポイントについて、遠藤会長は2点を挙げた。まず「全体最適で何を目指すかというロングターム(長期的)ビジョンを、参加する企業がつくり上げること」。次に「そのビジョンが社会全体にとって最適だというコンセンサスを得ること」だ。
これら2点は個別の企業や業界では成し遂げることが難しい。だからこそ、「産官学が協力することがとても重要になる」と遠藤会長は主張した。