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 カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)時代に入り、世間の抱く印象が大きく変わった材料の1つがプラスチックだ。プラスチックが工業的に極めて有用な材料である点はこれまでと何ら変わらない。だが、原料に化石資源を使う従来のプラスチックに対する風当たりは強くなった。半面、植物をはじめ再生可能な生物由来の有機性資源(バイオマス)を原料とするバイオプラスチックは、世間から好印象を受けるようになった。

 そのバイオプラスチックの中でも、成形技術で日本が世界の先端を走っているのが、ポリ乳酸(PLA)である。PLAは、原料にトウモロコシや芋、サトウキビなどを使用。それらから得られるブドウ糖に乳酸菌を混合させて乳酸を生成し、それを化学重合で合成することで得られる熱可塑性プラスチックである。加えて、使用後は土壌中などの微生物によって水と二酸化炭素(CO2)に分解するという性質も持つ。つまり、自然から生まれて再び自然に返る「植物由来・生分解性プラスチック」である点が、「グリーン材料」としてPLAに好印象をもたらしている。

図1 PLA製の盃「紫翠盃」
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図1 PLA製の盃「紫翠盃」
PLAで成形した盃(さかずき)の裏側に会津塗を施している。(写真:日経クロステック)

 このPLAの成形技術で日本は世界をリードしている。その代表格が、小松技術士事務所所長の小松道男氏が開発した「CO2超臨界成形」だ。溶融したPLAに、超臨界状態の二酸化炭素(CO2)を瞬時に溶解させて金型に射出する生産システムである。「この生産システムは、射出成形機や金型の技術、ホットランナーなどの技術を組み合わせて成り立つ。総合力がものをいう生産システムを開発できたことにより、PLAの成形技術は日本が世界で最も進んでいるといえる」と小松氏は語る。

最先端の環境技術と伝統工芸との融合

 CO2超臨界成形を活用した製品が、日本で続々と生まれている。2021年10月1日からUAE(アラブ首長国連邦)のドバイで開催されている「2020年ドバイ国際博覧会」(開催期間は22年3月31日まで。新型コロナウイルス禍で開催が約1年延期)の日本館で展示されているのが、「紫翠盃(しすいはい)」だ(図1)。開発したのは、食器の開発から生産、販売までを手掛ける三義(さんよし)漆器店(福島県会津若松市)。「日本を代表する製品として同万博日本館VIPへの記念品に採用された」(同社社長の曽根佳弘氏)ほどの出来だ。

 紫翠盃は、最先端の環境技術に同社が持つ伝統工芸を融合させた製品。PLAを射出成形して造った透明の盃(さかずき)の表面に、430年の伝統を持つ会津塗を施す。すなわち、PLAの成形品に、天然の樹脂塗料である漆を塗って絵柄を付けることで商品性を高めていく。

 通常の会津塗では木製の器の全面に漆を塗るが、紫翠盃では透明であることを利用し、PLAの成形品の裏面だけに漆を塗る。そのため、絵柄は成形品の透明な肉を通して見える。こうした塗り方は、PLAの成形品が持つガラスのような輝きを引き出す効果もあるという。なお、漆はPLAとの相性が良好で、PLAへの食いつき(密着性)が良くて剥がれにくいという。

 価格は2000~2万円(税込み)。2万円の紫翠盃は伝統工芸士とコラボレーションした製品で、既に完売している。塗り方次第で付加価値を高められる興味深い製品づくりの例といえるだろう。

140℃に耐えるコーヒータンブラー

 三義漆器店は、PLA製コーヒータンブラーも開発した。「R+E(Return to the Earth;地球に返るの意味)」のブランドで商品化する(図2)。冷たい飲み物はもちろん、熱い飲み物にも対応できる。

図2 PLA製のコーヒータンブラー
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図2 PLA製のコーヒータンブラー
140℃までの耐熱性を備える。(写真:日経クロステック)

 PLAは耐熱性が低く、そのままではホットコーヒーのような熱い飲料の容器には使えない。そこで、85質量%のPLAをベースに、10質量%の粘土(層状ケイ酸塩)を混ぜ、5質量%の微量添加物を成分調整用に加えた材料を使って成形した。層状ケイ酸塩の粒径は20nm程度。この微細な層状ケイ酸塩の各粒の周りにPLAの結晶が成長していき、最終的には2~3割ほどのPLAが結晶を作る。こうしてPLAの結晶化度を高めることで、耐熱性を140度(℃)まで引き上げている。

 このコーヒータンブラーは3つの部品から成る。[1]「R+E」が刻印(成形)された、飲み口の開閉を行う塞ぎ蓋、[2]蓋、[3]カップ本体である。開発で苦労したのは、これら3つの部品の嵌合(かんごう)部だ。例えば、蓋に取り付けた塞ぎ蓋は、当初の設計で試作するとはめあいが緩く、風車の羽根のようにくるくると回って飲み口を塞ぐ機能を果たせなかった。

 こうした嵌合部の微調整を三義漆器店の設計者が金型メーカーの技術者と詰めていったのだが、新型コロナウイルス禍のため、打ち合わせをオンラインで行わざるを得ず、意思疎通に時間がかかったという。

 金型を手掛けたのは、PLA成形用金型で定評のあるペッカー精工(埼玉県東松山市)だ。PLAは成形が難しく、普通に射出成形すると金型にへばりついて剥がれない。原料にサトウキビとトウモロコシのどちらを使うかでも、透明感や黄ばみなどで微妙に癖があるという。同社代表取締役の小泉秀樹氏は「やってみて初めて分かることが多い」と言う。試行錯誤を重ねてノウハウを蓄積することが、PLA成形用金型をものにする一番の近道なのかもしれない。