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 ダイセルは、海水での生分解性に優れたプラスチックを開発した。同社の酢酸セルロース(アセチルセルロース)「CAFBLO」で、2021年9月にテュフ・オーストリアによる海洋生分解性の国際認証「OK biodegradable MARINE」を取得(図1*1。酢酸セルロースの従来品よりも生分解しやすく、しかも物性は従来と同等に保てる化学構造を見いだした。

図1 酢酸セルロースの原料、粉末、ペレット
図1 酢酸セルロースの原料、粉末、ペレット
木材チップ(左)からセルロース(左から2番目)を抽出し、アセチル化すると酢酸セルロースの粉末(右から2番目)になる。これに可塑剤を加えてペレット(右)にする。(出所:日経クロステック)
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 仮に製品が海へ流出しても、1年以内程度で分解して、海洋マイクロプラスチックごみになりにくいと期待できる。ダイセルは、流出が懸念される製品などへの用途開発を進めていく考えだ。

*1 2020年末からセルロース材料についてのOK biodegradable MARINEの認証が相次いだ。レンゴーは木材パルプを原料とした球状セルロース粒子「ビスコパール」の認証を20年12月に受け、21年4月にはセロファンについて認証を得た。同1月に旭化成がセルロース連続長繊維不織布「ベンリーゼ」について認証を受けた。セルロース以外では、国内企業は2017年9月にカネカがPHBHで認証を受けている。

高い生分解性を確保

 海水は土壌やコンポストに比べて微生物が少なく、温度が上がりにくいなどの理由で、プラスチックの生分解は進みにくいとされる。その中で酢酸セルロースは、もともと生分解性が比較的高い*2

 その理由は、酢酸セルロースの構造にある。酢酸セルロースは、木材(植物)の主要成分であるセルロースの分子に含まれる水素の一部が、酢酸分子の主要部であるアセチル基で置き換わった(アセチル化した)物質(図2)。エステル加水分解酵素がある自然環境下ではアセチル基が外れ、酢酸とセルロースに戻る。そして、セルロースは木材同様に微生物によって生分解されて水と二酸化炭素に変わる。酢酸はもともと自然界に存在する。

図2 酢酸セルロースの分子構造
図2 酢酸セルロースの分子構造
炭素が環状につながったグルコース環(六角形で表現)2個からなる単位が連続して長く続く構造。3カ所ある「R」の部分が全部水素(H)なのが通常のセルロースであり、これがアセチル基(CH3CO)に置き換わったものが酢酸セルロース。(出所:ダイセル)
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 ダイセルは酢酸セルロースについて、顧客から「海洋生分解性の認証が取れればよいのに、とよく言われた」(新規CA事業構築プロジェクト プロジェクトリーダーで農学博士の樋口暁浩氏)。従来品でも海水中で数年たてば分解するが、6カ月以内に90%以上(絶対的または基準物質に対して相対的)が生分解しなければならない、といったOK biodegradable MARINEの厳しい基準までは満たせなかった。

 そこで、ダイセルは20年から海水中での生分解性を高める開発に取り組み始めた。生分解性を高める、つまり酢酸とセルロースに戻るまでの時間を短縮する方法としては、アセチル基の量を減らすのが1つの手だ。

 セルロース分子はグルコース環が長くつながった構造であり、個々のグルコース環にはアセチル基を付けられる場所が3カ所ある。通常はアセチル基が3個付いたグルコース環と、2個が付いたグルコース環が混在する。

 この平均個数をアセチル基総置換度(DS)といい、2と3の中間の値になる。ダイセルの既存製品のグレードでは、「LTシリーズ」のDSが2.9で、トリアセテート(三酢酸セルロース)*3と呼ぶ。DSが2.5の「Lシリーズ」はジアセテート(二酢酸セルロース)と呼んでいる。

 海洋生分解性を得る上では、DSは低い値の方が有利になる。実験でDSを下げたものを作ると、ある値のところで生分解性が急激に高まるという。ダイセルはこの値を明らかにしないが「2.5よりも低いところを探した」(同氏)。DSは低いほどよいわけではなく「プラスチックとして利用する際の物性が低下しない範囲で最適なところを探った」(同氏)*4。さらに分子量も調整し、分解性と材料としての品質を両立できる点を探った(図3)。

図3 酢酸セルロースの海洋生分解性
図3 酢酸セルロースの海洋生分解性
アセチル化の度合いの調整などにより、なかなか生分解が起こりにくい海水中でも高い生分解性を得られた。(出所:ダイセル)
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*2 酢酸セルロースは19世紀後半に、セルロイドの主成分として使われる硝酸セルロースを燃えにくく改良したものとして開発され、繊維や写真フィルム、たばこのフィルターとして使われた。固形の成形品としても使われたが、化石資源由来の安価なプラスチックの普及とともに、あまり利用されなくなった。ただし耐油性に優れるなどの特徴により、現在でもドライバーの柄(工場などで油まみれになる可能性がある)や眼鏡のツルによく利用される。繊維としては、たばこのフィルターには現在でも酢酸セルロースが使われている。
*3 本来は、グルコース環の3カ所全部にアセチル基が付くとトリアセテートと呼ばれる。
*4 DSが0の場合(セルロースそのもの)は水に溶けないが、DSを1前後にまで増やすと水に溶けやすくなる。さらにDSを増やすと再び水に溶けなくなる。プラスチックとして使える物性を得るには2.0以上にする必要があるという。