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 アクセンチュアが2011年に福島県会津若松市でスマートシティープロジェクトを開始してからちょうど10年が経過した。同社が手掛けたスマートシティーの取り組みは、ICT技術を駆使した街づくりの事例として注目を集める。同社がプロジェクトで重要視したのが、スマートシティーで重要になるデータについて、市民の同意に基づいて収集・活用する「オプトイン方式」を徹底することである。同方式でデータを収集・活用を進めることで、巨大IT企業の手が届かなかったデータを掘り起こし、デジタル技術から取り残されていた地方都市に新たな経済圏を生み出そうとしている。

 アクセンチュアはこの10年間で、会津若松市のスマートシティー化に大きく注力してきた。その1つとして、同市のスマートシティー化を支えるデジタル基盤「都市OS」の導入がある。都市OSとは、決済やエネルギー、医療、行政関係などの複数分野にまたがったデータ流通・サービスを支えるシステムだ。アクセンチュアはそれを会津若松市に適用した。これにより、住民にパーソナライズした情報提供などの行政サービスが可能になったという。また会津若松市の経済活性化を促すため、19年にICT関連企業の誘致・交流を促すオフィス施設「スマートシティAiCT」を設置し、企業の誘致なども実施してきた(図1)。

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図1 「スマートシティAiCT」
図1 「スマートシティAiCT」
ICT関連企業の誘致・交流を促すオフィス施設。(写真:日経クロステック)
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 そして会津若松市のスマートシティプロジェクトにかかわって10年目の節目に当たる21年、同社は会津若松市という地方都市において、デジタル地域通貨でのキャッシレス決済手数料を無料化するという新たな取り組みに挑んでいる。

 「地方のキャッシュレス化が難しいのは、都市部とビジネスモデルが異なるからだ」――。会津若松市のスマートシティープロジェクトの中心人物であるアクセンチュア マネジング・ディレクター アクセンチュア・イノベーションセンター福島センター共同統括の中村彰二朗氏はこのように訴える。

 小売店舗などの商業施設がキャッシュレス決済を利用しようとすると、約3%の手数料を決済事業者に支払わなければならない。「人口密度が高い都市部であれば、薄利多売で決済手数料を上回る利益が生まれるケースも多い。しかし地方の小さな店舗は一人ひとりの顧客から一定の利益を生む必要があり、わずかな利益がキャッシュレス決済で吹き飛んでしまう。そこにキャッシュレス決済を含むデジタル化のハードルがある。地方の実態に沿ったデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現していかなければならない」(同氏)。

 地方都市の店舗にとってのハードルの高さは、データにも如実に表れている。会津若松市商店街連合会の調査によると、同市の店舗におけるキャッシュレス決済の導入状況は51%にとどまった(図2)。経済産業省の調査による全国の店舗におけるキャッシュレス決済の導入状況は72%だ。消費者データなどを取得するPOSデータの収集も、会津若松市の店舗では十分に活用できていないという。

図2 地方で進まぬキャッシュレス
図2 地方で進まぬキャッシュレス
経済産業省の調査によると、全国のキャッシュレス導入率は72%。会津若松市商店街連合会の調査によると、キャッシュレス決済の導入状況は51%の割合だったため、その差は大きい。都市部と地方では利益の出し方に差があるため、導入に遅れが生じる。(会津若松市の資料を基に日経クロステックで作図)
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 店舗のデジタル化が進まないと「地方の人々はデジタル化の利便性だけでなく、データを利用した企業活動も進められなくなる」(同氏)。逆に購買情報のデータ収集が進めば、スマートシティーにおける新たな価値を生み出す武器になる。

 アクセンチュアがキャッシュレス決済無料化に向けて狙うアプローチは、「市民の同意」を大前提とし、キャッシュレス決済で発生する購買データを企業に提供する仕組みを整え、そのデータ提供を受ける企業の拠出金などで、デジタル地域通貨の決済手数料をまかなうという仕組みだ(図3)。

図3 デジタル地域通貨の発行
図3 デジタル地域通貨の発行
デジタル地域通貨を発行し、店舗の決済手数料無料化を目指す。決済事業者として一般社団法人を置き、そこに「オプトイン方式」で集めたデータを利用したい企業が資金を拠出する。店舗はクラウドサービスの運営費として、サービス料月額500円程度をもらう予定。当然、デジタル地域通貨以外であるクレジットカードなどの決済手法は手数料が発生する。(会津若松市の資料を基に日経クロステックで作図)
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 購買データはありきたりなデータにみえるが、企業にとっては市民の購買行動を分析できる非常に有用なデータだ。一方で「ポイントサービスなどを介して購買データを取得しても、規約によってポイントサービスやマーケティング以外の利用目的で使用できない場合が多い。そもそも地域にデータの価値が還元されない。『オプトイン方式』で市民データを集める仕組みを構築することで、地域のための新しい活用も広がる」(中村氏)。企業側のニーズと、キャッシュレス決済の手数料が重荷となっている地方の店舗のニーズをマッチングし、それをつなぐためにスマートシティーにおける市民データを活用する形だ。

 要となるオプトイン方式とは、本人の同意を得てデータ収集・活用することを指す。教育や医療、決済などの利用サービスごとに市民がデータ提供に同意することで、データを利用する企業と共有し、新サービスや製品の開発に生かせる

* 会津若松市では、データ管理を一般社団法人である「スマートシティ会津」が担う。「都市OS」を通してデータ共有などを進めていく。

 このプロジェクトに含まれるデジタル地域通貨の計画を実現するには、一部規制緩和が必要になる。そのため「会津若松市が立候補している政府のスーパーシティー構想に採決されれば、必要な規制緩和と合わせて実施する予定」(アクセンチュア)とする。

 実は、会津若松市のスマートシティー化を推進する組織「スーパーシティAiCTコンソーシアム」に21年8月末、Tポイントサービスなどでのデータ活用を担うCCCマーケティング(東京都渋谷区)が参加する発表があった。今後、Tポイントサービスなどを介して、会津若松市のスマートシティープロジェクトでデータ収集・活用が進む可能性もありそうだ。