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 住友生命保険は現在、DX(デジタルトランスフォーメーション)人材の育成を推進している。その活動の中心で、DXを起こすこととその方法について現場で試行錯誤してきた筆者が、DXの勘所を分かりやすく説明する。第2シリーズとしてDX実務で感じたこと、役に立つ考え方などを紹介していきたい。

 前回は、DX関連プロジェクトでは他社システムとの接続が大変であることを説明した。今回は、DXではUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)に細心の注意を払う必要があることを説明する。

前回記事 DXで困ったのはパートナーとのシステム接続、際限なく増える業務をどう解決したか

消費者の行動変化がUI/UXを重要にさせた

 世の中のDXの流れを加速させている理由の一つに、「消費者の購買行動の変化」がある。消費者による商品やサービスの購買行動が変化したので、企業のビジネスもそれに合わせて変化してきたという考え方である。

 この考え方の延長線上では、消費者が変化し続けると企業も変化し続けざるを得ない状況が起こる。例えば、店舗Aで買える商品と同じものをネット販売会社のEC(電子商取引)サイトBで2割安く売っているとすれば、消費者はBで買うようになるだろう。この結果、消費者がネットで買うという購買行動変化が起こる。

 すると、ネットで商品を売る企業が増えるようになり、企業同士の競争が起こる。同じ商品をBよりも安くネットで売るCが出てくる。消費者は検索エンジンや価格比較サイトを使って、店舗AやECサイトBからサイトCへ移ってそこで買うようになるだろう。消費者はまたも購買行動を変えるのだ。

 この流れが加速するとAやBでは商品が売れなくなり、経営不振になる。AやBが今までと異なる販売戦略の変更や工夫をせず、消費者の購買行動変化に合わせることができなければ、それができる企業にとって代わられる。これがDXの文脈でいうディスラプト(破壊)だ。

 こうやって消費者も企業も変化する。この消費者変化、企業変化がDXの流れを加速しているという理屈である。この流れに影響を与えたのは、インターネットや検索エンジンなどデジタルやデータ技術の進展だ。消費者がデジタル技術を使って情報を得て、「自分に有利なもの」を選べるようになったことが根本原因である。

 消費者にとって自分に有利なものとは、例えば「自分にぴったり」「便利で面倒でない」「商品選びや注文、納品が早い」「価格が安い」「システムが使いやすい」などである。したがって、これらを消費者目線で洗練させることが、DXでは重要になる。それに関係するのが「UIとUX」となる。UI/UXが、DXプロジェクトの明暗を分けるといえるだろう。

消費者の変化と企業の対応の変化
消費者の変化と企業の対応の変化
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 UI/UXともコンピューターと利用者(人間)の関係を良好に維持する概念である。通常店舗では人が接客をして顧客価値を高めることができるが、デジタルビジネスでは人による価値提供がコンピューターに置き換わる。UI/UXを向上させることで、消費者の顧客価値を高めることが可能になったのだ。

 UIは、コンピューターと利用者の間にあり、情報のやり取りを行う仕組みで、Webサイトやスマートフォンの画面デザイン、フォントやサイズ、デバイスの形、インプット方法などユーザーの視覚、聴覚、触覚など全ての接触に関する内容を含む。

 またUXは、利用者が製品やサービスを通して得られる体験や経験のことで、「操作が早い」「操作が分かりやすい」「結果が分かりやすい」「簡単」「楽しい」などサービスを利用する中で感じたことが全てUXとして認識される。

 UIとUXの向上は消費者や顧客を引き付けることになるので、企業はそれを商品やサービスの一部と考えるようになった。これがDXではUI/UXが重要であるといわれる理由だ。しかし筆者と開発チームのメンバーたちは、最初これが分からなかった。UI/UXが重要だと思っていたが、そこまで重要とは気付いていなかったのだ。

UIばかりに気を使い、UXを自分の仕事だと認識できない

 住友生命ではスマホを使った本格的な「顧客が直接使うシステム」をDX型健康増進保険「Vitality」までつくったことがなかった。このため、筆者たち開発チームは、UIやUXに関して多くの知見がなく、Vitalityプロジェクトでは、どのように設計すればよいか分からなかった。

 所定の電子マネーギフトなどに交換できる、住友生命が独自に発行・管理する仕組みである「Vitalityコイン(Vコイン)」は日本で全て開発する必要があったため、検討段階は大変だった。結果的に、必要なインフラ基盤、システム機能などのサービスを提供する外部業者(イネーブラー)が提供するポイント管理用のSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を使うことにしたので、気持ちは楽になった。

 しかし、UIとなる画面項目の設計や画面遷移、レスポンスタイムをどれくらいの時間に設定するかなどは自社で考える必要があり、筆者たち開発チームは、Vitalityを所管するビジネス部門のチームと不慣れなUI/UX設計をすることになったわけである。

 当初、筆者たち開発チームは、システム設計において、Vコインの残高表示画面、Vコインの利用後の会計処理、税務処理、顧客のスマホやPCでの表示の見栄え、コインの他ポイント(Amazonポイントやnanacoなど)への変更画面について設計して、ビジネス部門にその案を提示した。